2017年04月10日

五五菊しんぶん 一

昭和三十六年四月十一日火曜日くもり

 このしんぶんの名前は「五五菊しんぶん」。本当は記者がわたしだけなので「藤原壁しんぶん」なのですが、そのうち五組も新聞委員が増えるかもしれないので学校の名と町名とを採ってみじかくしました。

 さて五年五組の長い一年が始まりました。本日は転入生の小島均くんのことを書くことにしました。小島くんは見ての通り、顔が満月のようにふくれています。これは喘息の薬のせいなので、もともとは目がぱっちりと大きく、好い男なのかと思います。

 喘息は夜中に息が苦しくなる病気のようです。この薬がないと苦しくてやっていられないそうです。しかし勉強もお行儀もなかなかの優等生。優秀な生徒が少なくないこの学校でもけっこう目立つかも知れません。病気を持って普通より小さな体なのに偉いと思います。

 家は清滝の市営住宅にあります。近所の人は寄ってみてください。ただし自分が訪ねてよろこばれる人かどうか、じっくり考えたほうがよいでしょう。もっとも、じっくり考えるような人は、あんがい考える必要はないのかもしれません。

 と、まあ今のところはこのくらいのことしか書くことがありません。四月ですが、まだ朝晩は寒いですね。かぜを引いたり、体調をくずさぬよう、がんばってください。(記事 五年五組 藤原しづ)

posted by ゆふづつ at 23:48| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

花火 十三

 白にK斑が一匹、鯖トラが二匹、南側の窗邊で日向ぼっこをしてゐる。白にK斑は蓋の開いた湯船の水に飛び込んだのでボチャと呼ばれてゐる。鯖トラの一匹は臆病でギョロ目だからギョロ、もう一匹の鯖トラはよく鳴くのでニャオと呼ばれてゐる。みんなヲスである。ただし玉は拔いてある。

 ボチャが云ふ。
「今日は休みらしいのに、二人ともでかけちゃふなんて」

 ニャオ
「さうだな。初めてぢゃないか。あんなボロ自轉車で坂を轉げたらどうするんだ」

 ボチャ
「さうだな。俺たちみたいに家でゴロゴロしてゐる方が無難だな」

 ニャオ
「さうだよ。外は猫又といふのがゐて、俺たちみたいなのはイチコロで喰はれちまふさうぢゃないか」

 ボチャ
「その話はアテにならない。靜が云ったんだらう。あの子は作り話が多い。もし猫又といふものがゐるなら、俺たちも一遍ぐらゐは見てゐる筈だ」

 ニャオ
「いや分からんぞ。俺たちみたいに家の中に閉じ籠もってゐたら何も知らんかも知れない。カツや靜の話を聞いたら、世の中は案外もっと廣いやうな氣がする」

 ボチャ
「おい、お前はどう思ふんだ」

 ギョロ
「さあな。どうでもいい。それより何かカツヲの生節でもお土産で買って來るといいな」

 ニャオ
「ああ母ちゃんが戀しい」

 みたりは昨年の九月に亡くなった母親のお墓を眺めた。それは窗の外の東の金木犀の下にあった。

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2017年02月13日

花火 十二

 日曜日。カツと靜の住む岡の上住宅地で最も親しくしてゐる女友達が來た。淺間さん。新品の自轉車と、前から乘ってゐる古いのと、二臺を引きずって。

 新しいのは買ったばかりで、古いのはカツに呉れると言ふ。靜はアメリカ歸りの人から貰った子供用の自轉車をすでに持ってゐた。

「へぇ、在り難いは。歸りは丘に昇るのがちょっと無理だけど、往きは樂ちんだものね」と上機嫌。今日は三人で伊波見川沿をサイクリングしようと言ふのだ。

 靜の中古は手動のブレーキが無く、ペダルを逆囘しにして止まるといふタイプ。坂を下りるときはギャーッといふ豚の悲鳴のやうな聲が響く。しかもタイヤがオートバイのやうに太かった。馬力のある靜にしか扱へない代物だ。色々な子供の間を轉々とし、つひに靜の下に落ち着いた。

「ゆっくり行かう。歸りがキツイかも知れないから」とカツが豫防策を練ってゐる。殆ど歩くことを知らぬから、慣れぬ自轉車で足腰が動かなくなるかも。
「あぁ、さうだね。お晝はおいしいお蕎麦屋さんに寄らう」
 淺間さんは東京の人。製藥會社に勤める御主人とこちらに轉勤して來た。一人息子の四歳になる子を荷臺に乘せた御主人とは途中で落ち合ふことになってゐる。

「荷臺なんかに乘せて大丈夫なの?」
 カツの心配に、
「大丈夫よ。お豆腐屋さんだか魚屋さんが使ってゐたものだから。それを人間用に拵へ直してもらったの」
 萬事大雑把な淺間といふ人の性がカツに合ってゐる。冷たい空氣が氣持ち好い。まだ二月だが、遠くの山が霞み、何やら春めいて見える。


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