2017年01月20日

花火 九

翌朝、ごそごそといふ音に目を覺ますと、カツが臺所で鍋を煮てゐた。

「あれっ、平氣なの?」

「うん、何だか熱も冷めたし」

「蟲は出たの?」

「分からない。ともかく凄くお腹が空いてね。朝ごはんにしよ。なにか文句あるのかい?あんたもお腹空いたろ。お米が全然減ってないぢゃないか。猫もげっそり瘦せてるよ。ちゃんとご飯やったんだらうね」

 ともかくも二人と四匹でご飯を濟まし、カツは會社へ、靜は學校へでかけた。

 夕刻、カツが仙道醫師に聞いた事によると、どうもカツの症狀は囘蟲ではなかったらしい。便には異常が無かったし、どうもただの風邪を囘蟲と勘違ひしたのだらうと言ふ。お蔭で靜まで念のため驅蟲劑を服まされる羽目になった。

「惡かったねぇ。お詫びに今日の夕飯は鰻にしようか」



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2017年01月14日

花火 八

 翌朝、靜が町から歸るとカツはまだ寢てゐた。まだ何も食べてゐないやうだ。苦しさうではないが、蒲團を被ったまま、小さな寢息を立ててゐる。
  
 晝過ぎに來た仙藤醫師は、心配ない、起きるまでは何も食べない方がいいと言ひ、榮養注射を一本打って歸った。猫達もときどき出て來て、心配さうに蒲團を覗いたりした。

 あぁ厭だ。このまま起きなかったらどうしよう。小學生と猫だけで暮らして行くことは出來ない。この世はさういふ仕組みになってゐない。とはいへ、母親のタケと離れ、この町から遠くへ行くことも出來ない。

 自分だけ養護院へ行くにしても猫達をどうしようか。母親のノラ子だけは昔取った杵柄で何とか生きられるかも知れないが、生まれてこの方野良を知らない子どもたちは?きっとこの家も狐や狸に占領されてしまふだらう。圖體がでかいだけでは生きて行けない。ねぇ、お前たち。

「いやいや、さうでもニャー。追ひ込まれれば何とかなる。人間は、いや猫は思ったより強いものさ」

「さうだニャ。自分が駄目だと思ったときが駄目な時なのさ。心配してゐる間はなんとかなる。いや、なんとかしてくれなきゃ困る。ねぇ、神樣」

「おやおや、困ったときの…」

 わかったわかった。お前たちはあたしがなんとかする。でもその前にカツちゃんをなんとかしなきゃ。お前たちもよくお祈りするんだよ。囘蟲よ出てけーって。

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2017年01月07日

花火 七

 翌日、靜が歸るとカツは寢込んでゐた。これまでも寢込んだことはあったが、まだ晝の内から寢込むのは初めてだった

 靜かな寢息を立ててゐる。額に手を當ててみると、少し熱があるのか、靜の手より温かい

 大丈夫かな。靜は胸騒ぎを覺えながらお勝手で粥を炊き、猫の世話をした。時々寢間へ戻るが、カツはじっと動かない。布團をかけた軀がまるで人形棺のやうに不氣味な形をしてゐた

 そのうち、町の女醫師がやって來た
「おや、もう歸ったの。いいところへ來た。お姉さんはお腹の蟲が暴れてね。少し樣子見といふところよ。本人はいいと言ったけど、しばらく動けないと思ふ。親兄弟には知らせたの?あんた一人ぢゃどうにもならないはよ」

「知らせるところなんかありやせん。親兄弟もないですから」

 仙藤醫師はカツを診終へると、
「眠ってゐるときは御飯を上げなくていい。今のところ安心だけど、何しろ相手は蟲。急に暴れるかも知れない。そのときは電話してね。夜中でも好いから。あなたもお粥を食べたら早めにお休みなさい」
 
 さう言って返った。

 何だ、詰まらない。お腹の蟲が騷ぐなんて。きっとかっちゃんなら平氣。あたしだって蟲下しで治したんだから。

posted by ゆふづつ at 19:44| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする