2017年07月19日

五五菊しんぶん 七

 私の名字の話。生まれた時は吉野。

 しかし母親が家を出て村岡の名字にもどった。

 私もいっしょに出たから村岡になるはずなのに、母は「お前は吉野の家の子だから吉野のままでいい。父親が吉野だというのは消えてなくならない」と言い張る。

 しかし知りもしない吉野の家の名で呼ばれるのもへんなものだ。私が生まれたのは母が千葉の家へ行ったあとだった。父親がどんな人なのかも知らない。

 しかし今は母が入院療養中なので私は一人。藤原という人に預けられている。だから私も藤原を名乗っている。

 しかしその藤原も若くはない。いづれ嫁に出さなければならない。それが藤原のために必要だ。そのときは私もまた別の誰かのせわになるようだ。それは定めのようなものであるか。ぜひもなし。

 さて次の名字はどうなるだろうか。寂しくもあり、恐くもあり、楽しみでもある。

(記事 五年五組 藤原しづ なんちゃってな)

posted by ゆふづつ at 21:25| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

五五菊しんぶん 六

「最近は新聞書かないの?」
「・・・」
「廢刊かい?」
「書くこともないし、誰も讀まないし」

「そもそも新聞なんていふのは社會の窗みたいなもんでしょ。みんな起きたら雨戸を開けて外を眺めて、やれ今日は洗濯日和だの、隣の爺さんはまだ元氣だのと見定めて安心してゐる。その爲にあるんだよ。だからお前も誰かに讀ませようなんて洒落氣は落として、お前が見た通りのことを書けばいいだろ。誰が讀まなくても構ひやしない。それでおまんま食べてる譯でもなし。新聞委員やらせて貰ってるだけ有り難いと思ひな。だいいち、誰も讀まないって、讀んだからこそ詰まらないと思って讀むの辭めたんだらうし、たまにはこっそり讀んでる變はり者も一人や二人はゐるんぢゃないの。その人はお前にとっては貴重な讀者ぢゃないの?」

「一人や二人ねぇ。確かに貴重か。有難くて涙が出て來る。あぁあたしも早くかっちゃんみたいにおまんまの喰へる仕事がしたい」

「急がなくても時が來れば嫌でもさうなる。さうなってから子供時分が懷かしくなる」

「かっちゃんは五年生ぐらゐのとき、何してたの」

「それを言ひ出すとキリがない。學校が遠かったから、毎日、母ちゃんが自動車で驛まで送り迎へしてくれた。あの頃の思ひ出は辛くて、あんまり思ひ出したくない。けれど懷かしい。父ちゃんと母ちゃんにもう一度逢ひたい。幽靈でもいいから・・・あぁ御飯が美味しくなくなるよ。早くお上がり」

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2017年05月31日

五五菊しんぶん 五

 人は。

 たぶん生まれたときのまま生きて行ければいちばん幸せなのだろう。

 しかしそうはいかない。警察につかまってしまう。

 しかし服を着かさねて王様のようになっても幸せではない。誰かがうそをつき、誰かがうらぎり、誰かがものを盗むかもしれないと疑っている。

 人は。

 どこにも行き場がない。おまえもあたしも。ちょうど鳥にも魚にもなれないものが地をはいずり回るように。

 そういうじぶんに気づいたとき、人はじゅうぶん幸せな自分を見る。

 空を見るな。海に入るな。地をふみ固めろ。お前たちよ。

(記事 五年五組 藤原しづ なんちゃってな)

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