2012年06月29日

謙抑

「近代刑法にも謙抑主義といふものがある。中世において、刑罰が殘虐な支配道具に用ゐられた爲だらう。

 ただ、中世の人間が特に殘酷趣味だったといふ譯ではなく、主として力によって民衆を支配し、社會秩序を維持するのに、威嚇や過酷な刑罰が必要だったに過ぎない。宗教も、今の法律に當るやうな道コ社會規範だった。

 互ひに直接の繫がりのない多くの國民が國家として統合する爲には、一種の結着劑としての力と正義といふものが不可欠なのだ。

 それが、ヨーロッパ科學技術などの進歩に伴ひ、激しい軍擴競争となり、民族の統合、絕對王權へと進み、それが自壞に至ったと見ることが出來る。

 新しい時代の擔手になった有産市民層は、刑法においても罪刑法定主義、民意に據る制定、類推解釈の禁止、事後法の禁止、恣意的運用の抑制、刑法發動の謙抑主義などを唱へるに至る。

 それが可能になったのは、人間が優しくなったからではなく、經濟が豐かになり、人々に余裕が出來、また民族國家の成立による對外的緊張といったものが生じるなど、社會環境の變化に因るものである。人間自體は進歩もせず、その表層はともかく、その本質は何十萬年、變はってはゐない」

posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする