2012年01月30日

正勝吾勝勝速日天之忍穗耳の命

「それに。天照大御神と須佐之男の命が宇氣比をされたとき、須佐之男の命の劔から生まれたのが女の子、天照大御神の御髪の左の玉飾りから生まれたのが男の子だったので、須佐之男の命は、自分から生まれた子がか弱い女の子だったのは、自分に大それた逆心などない證憑だ、と言ひ張られた。

 その天照大御神の左の髪飾りからお生まれになったのが、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳の命。この方の四代後の命が、神倭磐余彦の命、後に神武天皇と申し上げるお方だ。

 まぁそれは限りもなく愛でたいことだが、須佐之男の命のその後の行爲が宜しくない。勝ち誇って、天照大御神の營田の畦を毀して水を流したり、田に水を引く水路を塞いだり、大御神が大切なお食事を爲さる殿舎に糞を撒き散らしたりと、大暴れをなさった。

 ここで注意すべきは、天照大御神の左の御角髮についてゐた八尺勾瓊の首飾りを、須佐之男の命が口に入れ、齒で齧み締め、吹き出した息吹で出來上がったのが、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳の命だったといふことだ」

「その、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳の命といふ方。天照大御神の御子と申し上げるより、須佐之男の命との共同作業でお生まれになったやうに見えるけど?」




posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする