2011年10月31日

 漢字の洲も州も「中洲(なかす)」の象形である。洲は呉音でも「す」又は「しゅ」と讀める。では中洲の洲(す)は漢語かといふと、さうではない。

 倭語の「す」は水分を含まない砂土を云ふ。「すな(砂)」は砂地を意味し、そこから採れた砂礫そのものもスナと云ふ。スの方が、漢語の洲や洲より意味が廣い譯である。

 倭語の「なかす(中洲)」は「川の中にある砂土の堆積した場所」のことであるから、これは洲や洲と同じである。しかしナカスそのものは純然たる倭語であるから紛らはしい。

 かう述べて來ると、倭語には漢語など無いと言ひ張るやうに聞こえるかも知れないが、むろん漢語由來の語は無數にある。フミ(文)、ゼニ(錢)など。

 しかし倭語か漢語か分からぬものもある。例へば「セミ(蝉)」。これは呉音の「セン」の「ン」の音が倭人には發音し難かったので、ちゃうど文(フン)をフミと讀むやうに、セミと訛った可能性が高いが、セミの鳴き聲の擬聲である可能性も否定出來まい。

 漢語以外の語から入った物も偶にはある。テラ(寺)、コホリ(郡)など。なほ、今韓國などで韓國語由來の日本語と主張されるものは、もともと漢語であるものを除けば、少なくとも半分以上は倭語由來の韓國語か、偶々似てゐるか、であらう。

 高句麗や新羅、百濟は、日本やシナの史書を讀む限り、紀元前後から倭と通交してゐたので、言語の相互借用があるのは當然であらう。

 萬葉、他田舎人大嶋(をさたのとねりおほしま)の歌に、
 
 からころむ すそにとりつき 泣く子らを 置きてぞ 來(き)のや オモなしにして

 防人の歌だらう。信濃から遠く筑紫へ出で征く父に、「父ちゃん、行かないでぇ!」と、母の無い子らが取りすがって泣く。悲しい父子の別れである。その鳴き聲が耳に燒きついて離れない、といふ望郷の歌。

 この「オモ」は朝鮮語の阿母(オモ、オミ?)から來てゐるといふ説があるが、これは面(おも)と同源の言葉だらう。人が生まれて初めて認知するのが母の顏の正面であるから、母をオモと云ふか。

 朝鮮語と何らかの関聯があってもをかしくはないが、朝鮮からの借用語であると見なす根拠は無いやうである。



posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする