2011年10月29日

「死」といふ文字は、屍體のに跪く人の象形である。古來、十字架から降りるイエスなど、何と多くの「死」が描かれて來たことだらう。

 死は我々が確實に行く道の先にありながら、それを見る我々はその道の先にゐる。謎めいて、恐ろしい問題である。これについては百人に百通りの解釋があるだらうが、どれも他人を十分に説得することが難しい。

 ただ、死といふ文字は、我々がけしてこの世では自分の死を見ることが出來ないことを暗示してゐる。死の文字に見える「歹(しかばね)」はむろん我々自身のものではない。その右に跪くヒ(ひと)も我々自身ではない。我々は死を傍觀する客に過ぎない。

 倭語にも「しぬ」といふ言葉がある。この「死ぬ」といふ言葉は、「往(い)ぬ」と同じく、いはゆるナ行變格活用といふ特別の働き方をするから、おそらく「往ぬ」と「死ぬ」は同じ源なのだらう。いづれも、どこかへ消えてなくなる、といふ意味である。

 その消えてなくなる先は「よみつ國」「よみの國」といはれる。「よみ」は「夜見」の意であるといふ説がある。尤も「よみの國」の「よ」は上代特殊假名遣ひではいはゆる乙類であり、夜は甲類であるから、両者は無關係だとする説もあるが、上代の發音は未だ分からないことの方が多い。

 もし甲類と乙類の母音に明確な發音上の區別があったなら、なぜ古事記が區別してゐる「も」の甲乙を、ほとんど同時代の書紀が無視してゐるのだらうか。また奈良時代から二百年も經ずして出來た假名には、なぜ甲乙が區別されてゐないのか。その間に大きな民族移動でもあったのだらうか。

 英語もシナ語も朝鮮語も、我々より遥かに豐富な母音を持ってゐる。なぜ日本語だけが五種類に整理整頓されてしまったのだらう。

 のみならず、「顏」を「かほ」と書いたり「かを」と書いたり、今は「かお」と書くほどバラエティのある倭語が、奈良時代にだけ、なぜ特に厳格に書き分けられてゐたのだらうか。

 夜の食(を)す國を知看(しろしめ)すのは月讀(つくよみ)の命であるから、夜と黄泉(よみ)、闇(やみ)は極めて近い關係にある語である可能性は高いだらう。

 いづれにせよ、我々はこの世から暗い黄泉の國を見ることは出來さうにない。



posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする