2011年09月29日

をかし(2)

「烏滸(をこ)がましい」といふ言葉がある。源氏物語では、例へば、太政大臣が内大臣の娘に手を出し、スキャンダルになるやうな事態を「をこがまし」と云ふ。

 要するに普通のまともな人なら行はないやうな眞似をして、世間の物笑ひの種になるやうなことが「ヲコ」である。現代語では「差し出がましい。分不相應」の意で使はれることが多い。

 ヲコは當字で尾籠と書くことがあり、これを音讀してビロウと云ふ言葉が出來た。「ビロウな話で恐縮ですが・・・」のビロウだ。

「をこ・がまし」の「かまし」は「やかましい」と同じで、音がキャンキャンと耳障りなことを云ふ擬聲語だったか。ヲコが大人しければ見逃してもいいが、煩いヲコなら許し難い。

 明らかに笑ふ動物は人間だけだらうから、笑ひは猿と人の分水嶺だらう。笑ひは錯視などと同じく、腦の産み出す幻影と現實のギャップに生じ易い。絶對に笑へぬ厳粛な場では芋が轉がるだけでヲカしくなる。

 人ほど約束亊で複雑な社會を作る動物もないだらう。その窮屈な約束亊が破れ、人間がふっと素に戻ったとき、生まれるのが笑ひであらうか。



 
posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする