2011年09月28日

をかし

 言葉は妙なもので、元の意味と全く逆に使はれることが珍しくない。例へば、「いい加減」「テキトー」が、その場しのぎのデタラメ、無責任の意味で使はれることがある。

 適當は、元は「ぴったり正確には當てはまる」といふやうな意味だし、「いい加減」も「丁度好い調整狀態」を云ふのだから、この意味の差は大きい。

「本當は適當ではないが、その邊りで適當なことにしておく」が「適當にしておく」となり、「適當にする」「適當だ」となって、だいだいの間に合わせでOKといふ意味になったのだらう。

「そんなに毆ったら死んでしまふ。いい加減に止めておけ」、「本當は不十分、又は過度だが、まぁいい加減なことにして止めておく」等が省略され、「いい加減にしておく」となった。

 つまりほどほどといふ意味の「いい加減」が「不正確」、「不十分」、「過度」の意味に變はったのだらう。言葉の省略といふのは多少とも元の意の變改を導き易い。

 かういふ言葉の亂れは昔からあり、古語の「をかし」も二つの違ふ語が重なったもので、全く違ふ意味で用ひられる。

 まづ「おも・むかし」=「おむかし」が元になった「をかし」。面(おも)は顏のことで、「顏を向けたくなる」意から「興味・關心が引かれる」「ちゃんとした」の意に用ゐられる。

 源氏物語で、立ち去り兼ねる弔問客に、形見の衣類など贈る場面で、

「をかしき御贈り物などあるべき折にもあらねば ただ かの御形見にとて かかる用もやと 殘したまへりける御装束 一領 御髪上げ(みぐしあげ)の調度めく物 添へたまふ」

 とある。この場合の「をかしき御贈り物」とは、弔問客に贈るべき、然るべき物といふ意味である。悲嘆にくれた遺族はそんな氣の利いたものを用意する餘裕もなかったので、たまたま用意されてゐた形見分け用の衣類を渡したのだ。

 もう一つの「をかし」は、現代語の「お前の言ってることはヲカシいだろ」のヲカシ。




posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする