2011年05月30日

葉隱 九

 殘暑の燒き附くやうな石疊の上から、薄暗い建物の中へ戻った。くらくらと目眩がするほどに涼しい。

 渡邊はまだ二十代の半ばのやうに見える。臨時雇ひのスタッフの中では浮いた存在になってゐるが、それは彼女が指導的な役割を擔ふからだらう。同じアルバイトの立場で、しかも年下の渡邊からあれこれ指圖がましいことを言はれれば、誰でも好い氣持ちはしない。

 だからその渡邊が、隱しマイクの話などするのは意外だった。しかもよく知りもしない筈の中村に職務懈怠を勸めるとは。もし中村が大河原にでも漏らせば、自分の立場が惡くなるであらうに。

 渡邊は、小物商品に値札をつけながら、
「もう半月もすれば、少しは涼しくなるでせうけど、夏と冬は表に立ってゐるのが大變」
「さうですねぇ。一日中室内勤務だと、今度は夜が寢苦しいし」
「あぁ、さうですね。だから半日交替で、なるべく外と内になるやうにはしてゐるんだけれど」

「あぁ、それで。ここも外に立つやうになってゐるの?」
「それは、さうかな」
 渡邊は意味あり氣に笑んだ。



posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする