2011年04月28日

くら 九

 二人とも晝間から少し飮んでゐるやうで、いやに御機嫌が好い。
「さうだ。忘れない内に頼み亊があるんだが、聞いて貰へるかな」
「はぁ、出來ますことなら」
「出來ますことならだって」
 晴美が吹き出すと、大倉事務長まで堪へ切れず笑ひ出した。

 二人で腹を捩るやうに、顏を赤くして笑ってゐる。さては健作のことを散々酒の肴にして來たに違ひない。
「いやいや、失禮。今、そこの、そら、カハヂって男を知ってゐるだらう。あの男に惚れた女がゐるんだが、その女がカハヂの家に住み附いてゐるらしい。カハヂは女房を持たぬ主義だから、何とか追ひ出さうとしてゐる。それであらうことか、私のところに相談に來たんだよ。

 それで、お前さんは女房を持たぬ主義だと言ふが、そんな主義があるもんか。お前さん、裸になってよく自分の體を見て御覽よ。顏以外で一番偉さうな顏をしてゐるのは何だ、って聞いてやったら、奴さん、自分の腕を出して、俺はこの腕一本で生きて來た。誰の世話にもならねぇ、今更小煩い女房なんか持てるかって言ふんだよ。

 なぁるほどなぁ。かういふ生き方もあるのかと思って、感心して奴の話を聞いてゐたんだ。それでこんなに遲くなったしまった」

「をぢさん、感心してる場合ぢゃないでせう。そりゃぁ主義も立派か知れないけど、女の方から身を寄せて來たその氣持ちはどうなるのよ。女が小煩いのも色々なワケがあるからだし、そんな小煩い女に負ける主義も大したことはないはね、って云ってやったでせう」



posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする