2010年10月31日

茜雲 三

 郷土祭は大倉廣見實行委員長の志向もあり、市や商工會は裏方に徹し、催し物が前面に出された。市郷土祭とは言ひながら、會場は湯地の由水小學校、實質は笠掛から湯殿、豊川、羽多岐までの舊笠掛町の獨り相撲に過ぎず、聖田、太ヶ谷、釜ヶ谷といった山間や周邊の地區からの參加は期待されてゐない。

 仰々しい式典等も一切無く、當日は晝前から笠掛物産展と稱する地元産品の即賣會が開かれ、飲食の露店等が出る。アトラクションの目玉としては、婚約中の市職員の男性が女裝、その將來の妻が男裝して會場を徘徊、その二人を最初に見破った一般市民には、商工會からビール一年分、又はディーラーから最新型のリッターカー一臺が贈られるといふ。
 
 かうした變なアトラクションには當然反對も強かったが、大倉實行委員長が、何か問題が起きたら自分が責任をとる、との一言で澁々に了承された。尤もさうした案そのものは前市議の上田藤三郎の發案だとも噂されてゐる。

 上田はその妻と養女が音樂祭の主役であり、また養子の小學生が義士廻りのアンカーに選ばれてゐる。また實行委員長の大倉廣見と近しい關係にあることは公知の事實であるから、郷土祭の私物化だと非難する人間も多いだらう。いづれにせよ一時半から行はれる義士廻り、三時半から六時まで、途中十五分の休憩を挟んで行はれる音樂祭は、笠掛市としては初めてのことであり、どうなるか分からないといふ不安の多いものであった。

posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする