2010年07月30日

しらぬひ 十一

「正直言ふと、見かけによらず隨分と氣の強い子だと思ったこともあるは。ふっこがまだ二三歳の頃だったかしら、忙しいのにあんまり言ふことを聞かないから、私も思はず癇癪を起こして、ぴしゃっとホッペを引っ叩いたことがあるの。ちょっと強く叩いたものだから、ふっこも吃驚して泣かなかったぐらゐ」

 そしたら芳キが、
「母さん、かはいさう」
 さう強く云って、私を睨んだの。さうしてふっこを抱き上げてくれたことがある。それが芳江の雪子に對する反抗らしい反抗の最初にして最後だった。
「何だ、芳キのことか。ふぅん、そんなことがあったの。あなたも一寸、ふっこちゃんに嚴し過ぎるところがあるから」

「別にわざとしてゐる譯ぢゃないは。ただあの人もああ甘やかしてしまふし、芳キや鐵もさう」
「あなたは損な役囘りをしてゐる。それでバランスが取れてゐるといふのは、ふっこちゃんも大人になったらきっと分かるは」

 話は教育論に及び、藤サが父親のゐない家庭で育ったこと、五歳のときに母親を失ひ、やうやく實父の家に引き取られたこと、そこでは慈愛に滿ちた繼母の薫陶を受けたこと、今の藤サの血の繋がらぬ子供達への愛情は繼母讓りのものであるといふこと、さういふ開子の持論にまで展開した。

 開子は蟲干しの取り込みまで手傳ってくれ、夕刻にまた夫婦で來るからと、急いで歸った。晝過ぎに來た藤サからの電話によると、今日は晩ご飯を持って歸るといふ。さてどんな御馳走であらうか。

posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする