2010年06月28日

忍ぶ草 十四(竟)

 雪子の朝食が濟むと、邊サが用高園に誘った。鐵坊も一緒。清吉の許しもあるといふので、雪子が遠慮する理由もない。藤サの意思も、いづれ働いてゐるだらう。

 用高園は羽多岐に出來たばかりの遊園地だ。江戸時代には蘇芳藩の馬場があった。明治後は町立の公園になってゐたものが、民間に渡り、樣々なアトラクションが出來た。笠掛市内では始めての本格的遊覽娯樂施設だった。

 遊園地の設立には廣見や藤サの協力もあったらしい。或は邊サも何らかの形で關はったかも知れない。園は羽多岐驛の東北方にあり、邊サの車でも片道の十數分はかかる。ちょっと散歩といふには遠すぎる。車が中央の坂道を下ったところで、「何だか怖いは。何かお話でもあるのですか」と尋いてみた。

「何も考へんで」と渡邊は奧なし、「藤サのゐない留守に命の洗濯。なぁ、鐵坊」
 と振り向くと、窗に顏を當ててゐる坊が、
「何も考へん藤サのゐない留守に、あの掃除に洗濯、なぁ」
 と譯の分らんことを云ふ。

 仕方なく邊サ、「一人でをると、ろくなこたぁ考へない。しまひには胃藥を、放せなくなる」
 いっいっい、と聲を出さずに笑ふ。苦しい。

 さう言へば、このところよく島田醫院に來てゐるらしい。今日も會社をサボって。思ったより胃を悪くしてゐるのかも知れない。その端正な顏立ちが、土ぼこりの所爲か、やや土氣色にも見える。その顏で、
「今日は芳キもゐたら良かったのに」
 芳キはこのところ學校が遲い。ときに夕食間際になって歸ることもあった。

「鐵坊は、廣見のをぢさんちと今の家と、どっちがいいんだ」
「あの家は狭いから好かん」
「さうか。ならマヨサの後を繼いだユキサが駄目になったら、あとは鐵坊でも後釜に据ゑるかな。一人で大丈夫だよなぁ、鐵坊」
 眞顔の問ひに、少し間を置いた鐵坊、
「釜にすわるのは、熱いからやだ」
 全くもう、この二人には敵はん。

posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする