2010年04月29日

檜扇 十七(竟)

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 文筺に唯一、タカの手で記された一葉があった。短いが、父の亡くなった日のことだ。次は我が身とも覺え、書き置いたものかも知れない。このとき久代は女子通信隊に勤め、東京の宿舎にゐた。

 早朝、自警團員くる。午前七時、寛文、笠掛に出立、病院見舞の爲なり。鎮守樣、昨夜の空襲で負傷せられたる由。序で地鎮祭の代用の爲。近頃は神樣も佛樣の手を借ると言ひて笑ふ。颯爽たり。

 翌日の記事、きのふ、敵機来襲。うち一機、撃墜せられ、甲岳方面へ落下せる由。徹夜にて搜索、機體鹵獲せるも、搭乗員、いまだ補足するに至るべからざる由。戸締り嚴重にし、濫りに外出すべからず。なほ發見せる者は直ちに通報すべき旨、通達あり。

 結局、父は歸らなかった。翌日、數百の遺體とともに羽多岐の齋場で燒かれたのを、タカが木の乳母車で引き取りに行った。久代は白い骨の殘ったといふ遺骸と對面することさへ出來なかった。

 何かの客が歸ったあと、タカが部屋へ來た。
「どうだね」
「お蔭様で。すっかり御厄介になってしまひました」
「それなら、よかった。今、權兵衞さのところから言傳が來て、あとで藤さが來るさうだよ。子供たちが晩御飯を作って待ってゐるんだと」

 改めて年老いたタカを見、久代も涙含んだ。
「何だよぉ、縁起でもない」
 タカは腰を降ろし、机上の紙切れを取った。その頬からも一筋、光るものが滴った。初めて見る母の姿だ。

posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする