2010年02月26日

ほうけ草 一

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 片づけが終り、がらんだうになった部屋を眺めてゐたら、思ひがけない涙が頬を傳った。七年の歳月を洗ひ流さうと溢れ出て來た。家具は家主に引き取って貰ひ、身の周りの品だけ纏めることにした。どうしても棄て切れない樂譜や衣裝の類は林檎箱十個に納まり、運送屋に預けた年月は〆て壱千六百圓也。長いとも短いとも言へない七年だった。ただかうなるより仕方なかったのだと、雪子は自分に言ひ聞かせた。

 ドア一枚を隔てた隣に主夫婦が住む。
「上京するやうなことがあったら、必ず寄ってね」
 雪子が女將さんと呼んでゐた夫人が云ひ、夫婦して門前まで送ってくれた。
「本當にお世話になりました」
 その後が續かない。雪子は一禮して歩き出した。しかし涙はもう溢れなかった。

 下り坂が霜で荒れてゐる。學校での四年間、きまって遅くなる歸りは暗くて恐ろしい坂道だった。勤めてからの三年も、辛くて險しい上り道だった。それが今は何も失ふもののない氣樂さが樂々と足を運んでゐた。

 この町へ來たのは十九歳の春、まだ戰後の混亂がざわめく頃だった。高女時代、地方新聞に天才少女ピアニストと書かれたのを頼りに、再開したばかりの音樂學校へと夢を託しにやって來た。學校は、もと軍樂隊員から復學組など雑多な經歴の人に彩られてゐた。

 そこでも雪子は注目を浴びた内の一人になった。私かに憧れてゐたピアニストに教へを受けたこともあるし、全てが順風とは行かぬにせよ、自分の才能を信ずるのは難しいことではなかった。雪子は氣でも違ったかのやうに稽古に打ち込み、體重を二貫も減らし、ときに過勞で倒れることさへあった。

posted by ゆふづつ at 00:00| 日記 | 更新情報をチェックする