2017年02月13日

花火 十二

 日曜日。カツと靜の住む岡の上住宅地で最も親しくしてゐる女友達が來た。淺間さん。新品の自轉車と、前から乘ってゐる古いのと、二臺を引きずって。

 新しいのは買ったばかりで、古いのはカツに呉れると言ふ。靜はアメリカ歸りの人から貰った子供用の自轉車をすでに持ってゐた。

「へぇ、在り難いは。歸りは丘に昇るのがちょっと無理だけど、往きは樂ちんだものね」と上機嫌。今日は三人で伊波見川沿をサイクリングしようと言ふのだ。

 靜の中古は手動のブレーキが無く、ペダルを逆囘しにして止まるといふタイプ。坂を下りるときはギャーッといふ豚の悲鳴のやうな聲が響く。しかもタイヤがオートバイのやうに太かった。馬力のある靜にしか扱へない代物だ。色々な子供の間を轉々とし、つひに靜の下に落ち着いた。

「ゆっくり行かう。歸りがキツイかも知れないから」とカツが豫防策を練ってゐる。殆ど歩くことを知らぬから、慣れぬ自轉車で足腰が動かなくなるかも。
「あぁ、さうだね。お晝はおいしいお蕎麦屋さんに寄らう」
 淺間さんは東京の人。製藥會社に勤める御主人とこちらに轉勤して來た。一人息子の四歳になる子を荷臺に乘せた御主人とは途中で落ち合ふことになってゐる。

「荷臺なんかに乘せて大丈夫なの?」
 カツの心配に、
「大丈夫よ。お豆腐屋さんだか魚屋さんが使ってゐたものだから。それを人間用に拵へ直してもらったの」
 萬事大雑把な淺間といふ人の性がカツに合ってゐる。冷たい空氣が氣持ち好い。まだ二月だが、遠くの山が霞み、何やら春めいて見える。


posted by ゆふづつ at 21:52| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2017年02月04日

花火十一

「あんた、もう少し勉強したら、って、先生が仰ってゐたよ」

「先生の云ふこと聞いても、先生と同じやうな人になるだけでせう」

「先生にそっくりになればいいぢゃないか」

「あんな蟹みたいな顏になりたかない」

「確かにね。でもお前の方が顏はでかいのだから、痩せなければ蟹にはならない」

「蟹にはならないでせうけど、蟹に似た豚になるのはなほさらいや」

「蟹に似た豚なんか滅多にゐないだらう。個性丸出しだね」

「他人事みたいに云はないで。カッちゃんも昨日より顏が蟹に近づいてゐる」

「あら、さうかしら、氣がつかなかった。これからは氣をつける」


posted by ゆふづつ at 17:29| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

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