2012年08月19日

エポッキ

「ヒサちゃんが生まれた昭和五十年前後といふのは、戰後生れの人間が社會に出だした頃だらう。日本社會は音を立てて變はり始めた」

「さぁ俺が生まれたのはその少し後だから、どんな音がしたのかは知らないけど、やはり、そんなに變はったのかね」

「あたしも生まれる前のことだからしらないけどさ。ただ、物の本などを讀むと、オタクなどといふのが出て來たのもこの頃、あと昭和五十年の出來事といへば、集團就職列車の廃止、マイクロソフト社出來る、ザ・ピーナッツ解散、

 日本赤軍のクアラルンプル・アメリカ大使館占據事件、ピッポッパッポ公衆電話出來る、ランブイエで初めての先進國サミット開かる、この年の十二月、蒸氣機關車が引っ張る定期旅客列車が日本から姿を消した、等々。

 松下幸之助の『崩れゆく日本をどう救うか』といふ本が話題になったのも、たしかこの年」



posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2012年08月18日

ヒサシ

「ヒサちゃんといふのは、お母さんから剛さを貰ひ、お父さんからは優しさを貰ったやうな感じだ。お兄さんのヒロさんとはまた別の意味で好男子だった」

「あのお母さんが、剛い?」

「柔らかな剛さといふかな。本當の強さは、硬直した強さではない。いくら大風になぎ倒されても、根は生きてゐる。さういふのが剛さだと思ふんだ。

 だいだい人間なんていふのは、ほとんど99%、思ふ通りにはならない。多くの人間は投げ遣りになったり、或は逆に成功はすべて自分の力だと過信する。しかし、そんなのはお笑ひ種だ。

 どんな人間も自分一人で出來るものなどほとんどない。また自分だけが不運だといふこともない。駄目な人間は自ら幸運を避けてゐるとも言へるし、また與へられた幸運を實力だと自惚れてゐるだけなのだ。

 早い話が、人より健康なのだって、頭がでかいのだって、見榮えがかっけぇのだって、自分が努力して手に入れたのぢゃないだろ。逆に、病氣も馬鹿も不細工も、自分が望んでさうなったものぢゃない。ならばそれを與へてくれた天の神様に感謝し、また素直に受け入れることこそが大切なのではないか?」

「えらい。お前さんの演説には涙が出て來たよ。それで、どうした?」



posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2012年08月17日

血液型

「兄弟で同じやうな育ち方をしても、みんな性分が違ふから面白いよね」

「性格とか個性といふのは、普通に考へられてゐるより遥かに複雑で難しいものだ。血液型と性格の關係でも、これを絕對のものと考へる人も多いし、全く否定する人もゐる。

 しかし、そもそも人の性格ってのはよく分からないものなんだ。その分からないものを血液型と結びつけるところに無理がある。

 例へば外交的って言葉。自我を持たず、常に他人に關心を振り向ける天眞爛漫な人、また、常に自分と他人を比較し、羨んだり、恨んだりする人。他人を利用したり、頼ってばかりゐる人。

 かういふのは、自我を持たず、關心が外に向かってゐる點では似てゐるだらうけど、實際の人物としてはそれぞれ違ふ印象を持たれるだらう」

「心理學でも、性格についてはお手上げといふのが實狀だね。性格を表す言葉を因子分析にかけ、幾つかの性格因子を抽出することは出來る。しかしこの因子は抽象的過ぎ、實際の人間像がイメージ出來ない。

 例へば黄色い花と言っても、その言葉から聯想される花はチューリップのやうなものから、菊の花、タンポポなど、全く印象の違ふものが含まれ得る」

「一方、人間を幾つかの類型に分ける考へ方。例へば、デブで陽氣な人物。痩せて神經質な人。無口で筋骨質な人、と言へば、確かにある種の人物像が直感的に浮かぶ。しかしだからどうなんだと言へば、それまでの話。優れた小説のやうに、實在の人物と思はせるほど巧妙に描寫された人物像ほどは面白くも樂しくもない」

「結論。確かにA型のマザコン男。B型のイカレおネェちゃん。O型のイケメン青年、と言へばある種のタイプが想像出來るが、血液型と性格の科學的な相關關係の存否は不明だといふより、そもそも命題として成り立たない」



posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする