2012年07月25日

觀念

「まづ今我々の見てゐるこの世界は、我々の夢に過ぎないといふ考へがある。つまり、この世といっても、我々の見てゐる幻影に過ぎない譯だ。我々が映畫でも觀てゐるなら、まだスクリーンとか光線とか、夢ぢゃないものが存在する譯だが、我々の世界にはそんなものさへ無い。すべてが幻想なのだ。

 さういふ世界では、もし我々意識の主體が死んでしまへば、世界そのものが消滅する。いいかい?」

「笑はせるね。もし君の言ふことが本當なら、君は、さういふ下らない一人芝居を何故するんだ?少なくとも俺まで卷き込むのは止めて、その幻影とやらを見ながら、一人で自慰行爲に耽ってゐればいい。俺はお前の幻に過ぎぬ存在だが、そんな暇つぶしに附き合ふのは御免だね」

「分かった。私も薄々さう思ったんだよ。もし今見てゐる世界が本當に幻影だとしたら、その幻影は自分が創りだしたものぢゃないね。もし自分が作るなら、もう少しましな世の中を造っただらうと思ふよ。たとひ捏造でもね。
 
 だから、この世には幻影の他に、この幻影を創りだしたものがゐる。幻影は單なる私の影ぢゃなかったといふ譯だ」



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2012年07月24日

物と表象

「さて、古くからある哲學の大問題について、我々は放っておいていいものだらうか。あんたはおそらく、昔の素朴な?經驗主義がベストで、それで十分だと言ふのだらう。

 しかし、その素朴な經驗主義が破れ、近世人が妙な哲學問題に惱まされて來たのも確かで、これを放って置く譯には行かないだらう。失はれた時は二度と戻らないのだから」

「その哲學の大問題って何だ。觀念論とか唯物論とか?」

「それも一つだ。まづその問題を片づけて置かないと、我々としては氣持ちが落ち着かない」

「それなら落ちつかないまま永久に浮かんでゐろ。俺は知らないね。俺は俺の知る方法でしか知ることは出來ない。ならばじたばたしても始まらない。その意味では人間も犬やプランクトンに何の自慢も出來はしないだらう」

「さうか。つくづくと附合ひの惡い男だ。それなら私は獨り言を言ふから、そこで笑って見てゐな」


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2012年07月23日

虚構

「非常に嚴密な科學の典型のやうに言はれる数學や物理學も、實は自然化に存在するものを探求するものではない。自然界にある圓や球などは完全なものではないし、いったい、完全な圓や球など見た人もゐない。物理學もその客觀性はただ現實への應用可能性にのみあり、その本質は抽象的演算に過ぎない。

 そして我々が日常經驗してゐる知覺の不確かさも夙に知られてをり、世の中に客觀的存在としての偉人も美人もただの思惟の妄想に過ぎないと言っても、誰も何の反論も出來ない。

 文學のロマン主義も、世の中の實相を寫さうとしながら、つひにサンボリズムに落ち着いたし、リアリズムの繪畫も印象主義の花を咲かせた。これこそ幽靈の枯れ尾花に對する勝利以外の何者でもあるまい」

「自然科學は例外を許さない因果法則を道具に發展して來たんだらう。しかし、その因果法則そのものが、我々の生きる常識に反することは明白だ。何、今日の私の晝飯は宇宙の始まりからカレーライスに決まってゐたんだと?そんなら私は囘転壽司の海鮮サラダで濟ませることにするよ。さういふ自由は持ってゐる譯だからさ。 

 自然科學こそ、現實への應用性と引換に、多くのイドラを纏ひ、人文科學や社會科學をも不毛に引き摺り込んで來たのぢゃないかい」

「まぁ、そこまでは云ふまい。しかし、あんたのその科學、學問が一種の架空の大仕掛だといふ考へには賛成する」




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