2012年06月18日

上下和諧

「十五曰 背私向公 是臣之道矣 凡人有私必有恨 有憾必非同 非同則以私妨公 憾起則違制害法 故初章云 上下和諧 其亦是情歟」

「人は社会的動物だと言はれる。この點では蜂などと同樣で、自己を犠牲にしてでも、自分たちの社會を守らうとする。だから戰爭も無くならない譯だらう。

 ただ、細かく言ふと、人は、ともかく自分が自分で生きることが原則だ。蜂や蟻のやうに、働き蜂や兵隊蟻など、生まれつき分類されてゐる譯ではない。ただ、人も自分のことばかり考へてゐては駄目で、やはり自分の仕事を通じて社會に奉仕してゐる。その限度ではプチ公務員と言へる。

 しかし、その中でも本職の公務員は、そもそも全體の奉仕者であって、仕事が公に捧げられることによって、その生活が保障されてゐると言へる。人間社會には昔から不可欠な職種だらう。

 それを、公務員は私(わたくし)に背(そむ)き、公(おほやけ)に向かふは、臣(おみ)たるの道なり、と言ふ譯だ。

 しかし、前の條(をち)でも云ったやうに、人には多かれ少なかれ私(私)といふものがあり、自分だけ犠牲になりたくはないし、人を恨みに思ふこともある。

 公務員も例外ではない以上、私に走り、公に背くことがある。ここでもまた情(こころ)の在り方が大きな意味を持って來る譯だ」

「そんな抽象論より、ここは上下和諧、立場が上の者は下の者の意見を聞き、下の者は上の者に馴染むやうにする。ここでも、やはらかく、心うつくしきことが大事なのだと、最初の話に戻る譯だらう」


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2012年06月17日

嫉妬

「十四曰 群臣百寮 無有嫉妬 我既嫉人 人亦嫉我 嫉妬之患 不知其極 所以 智勝於己則不悦 才優於己則嫉妬 是以 五百之乃今遇賢 千載以難待一聖 其不得賢聖 何以治國

 十四に曰く、

 公務員は、勿論、心が病んでゐてはならない。心病み、心ねぢければ、人もまたこちらを嫌ひ、足を引っ張るだらう。

 人に嫌はれれば、余計人を恨むやうになり、さらに社會から爪彈きされる。最後は自ら身を退くか追ひ出されるか。しかし逃げたところで行く先もないことになる。こんなことで良い仕事が出來る筈がない。

 かうなる前に、心直く、ねぢけないやうに心がけなければ、よい公務員にはなれない。

 しかし人は自分より賢い者がゐるのが憎らしく、また自分より學問のある者を喜ばない。さう思ふ自分がすでにねぢけてゐることを思へば、そのねぢけた心を口にし、行ひに移すことはためらふだらう。

 ただ、五百年、千年と、本當の聖賢は現れず、國は治まらない」

「ぢゃ、どうすりゃいいんだい」

「政治はその程度のものと辨へてゐれば、もっと大きな間違ひは犯さないものさ」


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2012年06月16日

一貫

「十三曰 諸任官者 同知職掌 或病或使 有闕於事 然得知之日 和如曾識 其以非與聞 勿防公務

 十三に曰く、

 行政といふのは、一貫しなければならない。官が交替する度にバラバラの行政を行ったのでは、民は行政を信用しなくなる。

 しかし、ここではもう一歩進み、官吏は己の好き勝手に行政を弄ってはならない、ことも命じてゐる。

 自分が病欠したり、出張してゐる間、他の者が補佐した場合も、たとへそれが氣に喰はなかったり、間違へてゐると思っても、無闇に變改してはならない、といふことなのだ。

 ここで自分なりのやり方に直すといふことは、やはり行政の一貫性を破ることになるし、また補佐した同僚や部下の立場を無視することにもなる。頭のよい人、自分だけが利口者と自惚れる人間が陥りがちな誤りなのだ。和を以って尊しとなせ、といふことの現れの一つだ」

「ってより、そんなことしてると、後ろから鉄砲彈が飛んで來るんぢゃない?」

posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

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