2012年06月27日

平等

「理想主義者が、しばしば殘虐なことをするといふのは、あたしも認める。敬虔なキリスト教徒がしばしば十字軍を起こし、異教徒を虐殺してゐたことはよく知られてゐる」

「アメリカは日本の無條件降伏に固執し、日本の民間人を含む二百萬人以上を虐殺、最後は日本の都市で二度の核實驗まで行った揚げ句、占領中の日本で平和憲法なるものを作った。自由と民主主義の旗の下にだ」

「ヒトラーだって、大變な嫌煙家だし、親衛隊のヒムラー隊長と同じく、ベジタリアンだった。心優しい人々は、自分が悪魔とみなす物は、すべて地上から消し去らうとする。それを誰が造ったかを問はうとはしない」

「秦の始皇帝も健康オタクだった。彼は人事も家柄に據らず、能力を基準にした。度量衡や通貨、荷車の軸幅、記數法、交易法、漢字を統一し、インフラを整備した。極めて近代的な人物だったと言ってよい。

 韓非子には、優れた王は時代によく應へ、必要があれば前例を変更することが出來る、とある。始皇帝はまさにそれで、彼はすべて一人で決め、彼を批判する者を生き埋めにした。もし批判者が正しいなら、埋められても死なない筈だからだ。かうして、彼の下で、支那は史上始めての平和を迎へ、彼以外の人間は全て平等になった」




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2012年06月26日

ベーゼン

「全ての人は造られたものだ。自らの意思で生まれたのではない。しかし、自分の體を眺めて見れば、だいたいのことは出來るやうになってゐるのが分かる。朝起きて、飯を喰ひ、物を喋り、働き、そして寢る。

 かういふことが出來るやうに造られてゐる。勿論、時に股の下の器官を使ふこともある」

「ってより、ほぼ毎晩使ってるはさ。しかし、もっと高級の、上の者に從ふとか、先祖を祭るとか、弱い者を勞はるとか、仲間を大切にするとか、さういふことも、やはり生まれつき備はってゐるものだらうか」

「荒野に生まれ、一人で育ったやうな場合はともかく、そんなことは、世界中どこでも、大概は行はれてゐるものだから、道コや社會性、マナーなんといふものは、人といふ生き物にはごく自然に育つものなんだらう。

 しかし、中には、かういふ社會性の無い人間がゐることも確かで、それも自ら好んでなったのではなく、やはり、さういふ風に生まれついたとしか言ひやうがない。言ひ方を替へれば、惡しきものを生み賜ふ神も坐すといふことだ。

 ただ、注意すべきは、かういふ惡神が坐すことも、この世の理(ことわり)によるものなのだから、人間にはどうにもならないといふこと。

 もちろん、惡しき亊の蔓延るのを、なるべく少なくするやうにはすべきだが、惡のあることは上古からの慣ひなのであるから、これを地上から撲滅しようとすれば、嘗てのファシズムや共産主義など、一種の理想主義に走り、却って悲慘なことになることは知って置いた方がよい」


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2012年06月25日

みち

「ここで今一度、ベエトホベンの第九を思ひ出してみようか。彼は色々惱みが深かったと見え、晩年はミサソレムニスのやうなミサ曲も書いたが、インド哲學などにも關心を持ったらしい。キリストは磔にされたユダヤ人に過ぎないと云ひ、當局から危險人物としてマークされたこともあるらしい。

 まぁ色々の奇行の持ち主だったことは確かなやうだが、このシルレルの歡喜に寄すの詩は、若い頃からのお氣に入りだったらしく、それを長い間温め、晩年になって結實させたのが、あの第九フィナーレの歌詞であるやうだ。

「例へば、

 Freude trinken alle Wesen An den Brüsten der Natur;Alle Guten, alle Bösen Folgen ihrer Rosenspur. 

 獨逸語はよく分からないが、おおよその意味は、

 すべての子らは
 與へられた乳房から歡びを吸ひ
 すべて善きも惡しきも
 その道を行く

 どうも直譯だと分かりにくいが、どんな生き物も作られたままであり、それ自體に是非、イエスもノウも無い

 といふ、生のいはば全面肯定であり、非キリスト教的な自然讃歌だと言へる」


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