2012年04月21日

下克上

「三百年どころか、最近は一年と續かないよ」

「ともかくも、能力の高い人を上に頂くといふ考へは一見合理的であるやうに見え、最初は華々しい成果を擧げるのだが、百年、二百年と經つ内には、ただ能力のみが萬能で、弱肉強食の社會になり、能力のない者は浮き上がる術がなく、非常に冷酷で怨嗟に滿ちた社會に成り下がって行くものだ」

「今の極東アジアのことを言ってゐるのかな?といふことは、どんなに能力が高くても、上のバカには從がへといふことか。しかし、能力が高く、自分が實力でトップに上がれるといふことは、やはりさうなる天運が味方したといふか、さうなる運命だったのではあるまいか」

「それが違ふといふのだ。そもそも、勝った者が正義、正義は必ず勝つといふのがをかしいと言ってゐるんだよ。この世には、惡しき~もあり、時には邪が勝つこともある。しかし、正といひ邪と言ひ、本當には圖り難いものであるから、武力で以って勝ち負けを決めるのではなく、ともかくも上下の秩序を保つべきなのだ。

 といふのが、この日本列島に住む人間の元々の考へなんだよ。これが失はれるとどういふことになるか。よく見囘して御覽」




posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

能力

「驚いた。あんたは人を差別する人なんだ」

「あぁ。徹底的に差別するよ。世のいはゆる平等主義者が、いかに人を輕んじ、ゆゑなき偏見の持ち主であることを知ってゐるからね。

 奴らは言ふ。生まれつきの人に上下の區別はない。ひとはただその品格、人格、能力によってこそ區別されるべきであり、日本のやうに門閥や地位、身分によって差別するのはをかしいと。

 早い話が、二千七百年近くも、王朝が交代せず、君主が世襲を續けるのも、日本の恥でこそあれ、それを自慢にするのは愚の骨頂であると。さう言ふのだらう。そして、さういふ主張の本當の狙ひは、この國にど臭い政權を樹立し、人民を意のままに支配したいといふことなのかな?」

「誰が?」

「お前が。試みに、シナの王朝を、秦からでいいから順に言ってみ。ついでに王朝の續いた年數も言ってみろ」

「秦、15年。前漢、214年、新、15年、後漢、195年、三國時代、約90余年、西晋、51年、東晋、103年、南北朝、150年、隋、37年、唐、289年、五代十國、53年、北宋、167年、南宋、152年、元、97年、明、276年、清、268年、えーと」

「もういいよ。その品格、人格、能力ってのも、殘念ながら三百年と續かないんだ?」




posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2012年04月19日

平等

「その屁理屈とは、例へば具體的には何だい」

「いくらでもあるが、例へば“平等”。今は“差別するのか!”と、これさへ持ち出せば水戸黄門のご印籠と同じで、すべて默る仕組みになってゐるが、平等思想は元々シナにも無かった思想で、近代ヨーロッパが貴族を倒した市民階級の合言葉だったものだ。

 だが生憎と我國には泥棒にも三分の理といふ言葉こそあるが、平等なんて考へはない」

「東洋にも墨子のやうに平等思想はあったんぢゃないのかい」

「東洋の平等思想や、昔のキリスト教の思想は、社会的身分秩序を前提とし、その上での神の前の前の平等を説くもので、カラスとドバトを一緒にするやうな平等論ではない。

 しかし今の平等論は味噌と糞どころか、月と朱盆、天と地とを一緒にする。尤も、シナでは正義さへあれば下克上は惡しき亊ではないので、カラスと鳶ぐらゐは區別してゐるのだらうが、その義とは勝った者が正義といふことになるから、結局は糞も味噌も同じだといふことは言へる」





posted by ゆふづつ at 00:00| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする