2012年02月26日

天と地と

「天の反對は土、ツチだよね。これは泥んこかい?」

「大きい物になると、巨大な土の塊、陸地になるよ。天に對して土といふときは、海も含め、要するに天より下をすべて含む」

「前にツミを論って、天つツミ、國つツミって言ったけど、クニとツチは似たやうなものかね。天つ神、國つ神といふ言ひ方もある」

「クニといふのは、支配の爲、人爲的に區切った土地のことだよ。これに對し、ツチといふのは、特に區切ることなく、自然のままの狀態だ。

 だから、天の反對はツチと考へてよいが、後にツチはほとんど支配されるやうになるから、ツチとクニはほぼ一致する。國つ神といふのは、地方を支配する神などを言ひ、國つ罪といふのは、天の下の人の支配する地上で犯される罪だから國つ罪といふやうになったのだらう」

「なるほど。天は人の支配する地上の反對語と考へればいい譯だね。別の言ひ方をすると、天と地は、その支配するものの人格が違ふともへる譯だ。さういや、昔、海音寺潮五郎の小説に天と地とと云ふのがあったね。

 地は義將上杉景虎の戰ふツチであり、天はその憧れであったのかも知れない。司馬遼太郎の小説に國取り物語といふのもあった」




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2012年02月25日

「天はアメと云ふ。古事記はアメについて、何も説明は加へてゐない。それは古事記を傳へて來た人々が、物事を、それがあるがままに名づけて來たからである。

 例へて言へば、子供が生まれた日、産院の窻から空高く揚がる凧が見えた、それで子の名に天(たかし)と名附けた。ところが、後にその子の名附の理由に、高きこと、天に勝るものなし、と云ふが如し。

 アメに關する説明も、儒佛の書物などが入って來たあとに、それを眞似、出鱈目を竝べたものに過ぎず、ほとんど空想に近いものである」

「ぢゃあ、アメは空の上にある、アレだ。さう思へばいいんだろ。ならば、偉さうに、天はすべて良きものの住處であり、そこでは全ての物が輝き、滿ち足り、正しく、そして美しい、なんて能書きは要らないよ」

「君は見かけによらず優秀だ。ただ、ここではすでにひねくれ者になってしまった我々現代人の考へる縁に、少し考へを述べておかう。いいかな?

 まさに天は、空の上にあって、天つ神たちの坐す國だ」




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2012年02月24日

フロイデ

「シルレルの『歡喜に寄す』は少し長いので、幸ひにしてベエトホベンがその三分の一ほどに短くして作曲してゐるから、そちらの方を見よう。

まこと うるはし 天つ乙女

みな 醉ひ榮えて 天つ國に昇り

ともに 歡びて 睦び合はん

背きありしもの ことごとに

はらからとなり

喜び安らへ

世に讃へられし者も
 
たとひ世に一人なりとも

ともに心を結び合はん者は

いざ 昇らん

されど かたくなしく

こばみたる者は

地に落ちて忍べ

善きも 惡しきも

ひとしく惠まれ

花園を歩む

女と酒と友

蟲けらさへも歡び

神々の 嘉し給ふ

天翔ける日の如く

はらからよ 進め

武く勲しもののふの如く

諸人よ 睦べ

うつくしめ

大空の上なる天

あやに かしこき

大神ぞ おはさむ」




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