2012年01月28日

オカルト

「人は死んで解き放たれ、初めて己が眞の姿を見るといふが、そこまで行かなくても、ふと我に歸ることがある。例へば好い歌や好い音を聞いてゐるとき、ふと眞心に歸ることがある。心がひたすらになったと言ってもよい。それはそんな雄辯も及ばぬ妖しい力に引かれてのことだ」

「何だかオカルトっぽい話になって來たけど、氣は確かかい。何だか目がをかしいよ」

「オカルトってのは、目に見えず、耳にも聽こえないもののことだ。歌も音も目に見えず、音にも聽こえない。確かにオカルトと言やぁオカルトだよ」

「歌は文字にすりゃ讀めるし、ネも鳴れば耳に響くのぢゃないのかい?」

「あんたは豚に歌が讀めるとでも云ふか。それとも豚には目がないとでも言ひ張るか。歌も音も目や耳ぢゃなく、ここ、このココロココロと鳴るところで聽くもんぢゃないのか。

 人が何か罪を犯したとき、それを償ふ言葉を出さなきゃならない。例へば、あんたを踏みつけ、さんざん罵っておきながら、後でしまったと思ふ男がゐたとして。あんたは彼に何を望む?」

「そりゃあ。私の良いところも言ってって」

「さうだろ。だから俺も。さっきのあんたや俺のやうに、戀を口汚く罵ったあとは、我々の腐りきった、ねぢけた心を本へ直さなくちゃいけない。戀を褒め讃へるのでなければ、戀の氣持ちが許さず、我々の心も晴れることがあるまい」



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2012年01月27日

ご破算

「いや、參ったね。あんたの言ひ分を聞いてゐる内にさ、俺は内心でかなりの反撥を覺えてゐたんだが。いざ反論しようと、いろいろ喋ってゐる内に、すっかりあんたと同じ結論に辿り着いちまったやうだ」

「おやおや。あんたのその顏にはまだ興奮の色合が冷めないけど?まさか、あたしへの反抗ぢゃあるまいね。

 さぁ、今度は。あんたを愛してもゐない、この私に抱かれる場合の利得について、とっとと話して貰はうぢゃないか?」

「利得ねぇ。戀ひする者の爲す仇をさんざん愚痴って來たのだから、戀ひしない者はその仇が無いってだけで十分な利得になるだらう。これだけでも利口者が飛びつくには十分ぢゃないか?

 しかしこの理由だけぢゃあっさりしすぎてゐるなら、ついでに戀ひする者の利得も、戀ひしない者の損も、ここに洗いざらひ打ち撒けて、我々の議論を混亂させて見ようか。それこさ、默って見てゐる正直者に笑はれるだけのことだが?

 そんなことより。すでに我々が犯してゐる大きな過ちについて、少しは考へて見た方がよいと思ふ。今度は同じ論法ぢゃなく、全く別の目から」



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2012年01月26日

ブラッドシュガー

「結局、戀なんていふものは、食慾に似てゐるんだ」

「例へば?」

「腹が減ってるときは、大金を叩いてでも喰はうと思ふが、もう滿腹になって見れば、腹が苦しくて、見ただけでうんざりする。こんな高級な料理を食べてしまったことを後悔し、もっと安い、氣樂なものでも同じ榮養が攝れたなどと思ふ」

「いよいよ財布を出すときになって、自分の輕彈みな慾望を後悔しようって譯?あんた最低の恩知らず、食ひ逃げ男。だからさ。私もレストランを經營してゐたことがあるんだけれど、よいお客はけして空腹の時には來ない。お腹が空き過ぎてゐると、いはゆる乞食喰ひになって、味はふってことが無いのよ」

「そらさうだ。人間の頭は酸欠と低糖が一番怖いんだから、今は血糖値が低いなと感知すると、もう理性だの何だのと贅澤を言ってない。やたらに腹が立ち、顏が青ざめ、ガタガタ震へ出し、目が血走って來る。早い話がただのザラメ糖でも口に放り込みたくなる」

「さう。でも空腹でない時は、そんなものに誤魔化されない。本物の味を求める譯よ。どう?戀ってものが、如何に人も相手も駄目にするかってこと、分かったの?」




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