2011年11月30日

大法螺

今から百年程前迄、この宇宙に始まりがあるといふことを信じてゐた科學者はゐなかった。今は常識のやうになってゐるビッグバン假説も、揶揄の對象にこそなれ、多くの學者からは相手にもされなかった。

 それが20世紀半ばを過ぎると、徐々に宇宙理論として標準化して來た。ビッグバン理論の最も有力な證據と目される宇宙マイクロ波背景放射といふものが實際に観測されるなど、観測技術の進歩が舊來の定常宇宙論を否定してしまった。

 ただ、ビッグバン理論にも克服すべき課題は多いらしい。例へば、ビッグバンは今から137億年後に起こり、宇宙は爆発的に成長しつつ、小さな天體が次第に大きな天體を創り出したと言はれる。が、ヒミコといふ名の巨大天體が、今から129億年も前に放った光が、今頃になって地球に届いてゐる。

 ヒミコの大きさは我々の銀河系の半分を超える。宇宙誕生からわづか8億歳の古代宇宙に於いては巨大過ぎる存在だと言はれる。或は本物の卑彌呼が九洲の一女酋國であったのに、大八洲の主要部を束ねるヤマトの國と名乘ったやうに、何かの幻覺であればよいのだが。

 いづれにせよ、現代の宇宙理論は、地球上に住む我々の日常經驗を遙かに超えた世界像に擴散してゐる。たかが千數百年ほど前の地震さへ忘れてゐた我々に、創世神話を笑ふだけの餘裕はない。




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2011年11月29日

オカルト

「神話に對する現代人の態度は、所謂超常現象に對するそれに似てゐるのぢゃないか。これを牽強附會の珍説で擁護するか、或は論ずるに足らぬとして冷笑するか。いづれの側も、ものごとを輕んずる點では同じ穴の狢だ」

 超常現象は、もしそれに科學的な根據があるのなら、それはそもそも超常現象ではない。だから、それがまず通常の現象であるか、それとも超常現象であるかといふ問題と、我々は超常現象に對してどう向き合ふべきかといふ別問題なのである。

 にも關はらず「超常現象」に十分説得的な根據があると主張しても始まらない。

 だから科學者が珍説を冷笑するのはよいが、その後の問題、つまり科學的に説明の出來ない事象の全てに對して、我々はそれを無視してもよいかどうかは、眞面目に檢討する必要がある。

 現代は科學、とくに自然科學による惠澤が壓倒的に大きいので、自然科學の成り立ち難い分野、人間の心に關する科學、さらには人文科學や社會的規範、文化の問題にまで科學的思考方法が入り込み、知らず識らず我々の未知の分野に對する無知が蔓延ってゐる。



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2011年11月28日

與太話

「その二神の産靈(むすび)の御靈(みたま)といふのも譯の分からないものだが、それがどのやうにしてこの世の全てを創造したといふのも雲を摑むやうな話で、さういふ神話に一體何の意味があるのだらう」

「いったい意味のあるものに陸なものはない。意味があるといふことは人間にも意味があるといふに過ぎないから、底の知れたものなのだ。

 假に僕が物好きにも二神について巧みな理論でも考へ、タカミムスビの迦微がプラスで、カミムスビの迦微がマイナス、この二つの神の総和の絶對値が量子論的な確率世界で無限大の差を作ったとき、この宇宙は誕生したのだと説明でもしたところで、だからどーなんだと言はれたらそれまでの話だ。

 ものはいくら正確に説明したところで、その前提となる條件が必要な以上、その前提條件の生じた理由の説明が必要になるから、結局はどこかで疑問の打ち止めにしなければならない。結局、初めから何も説明しない我國の神話が如何に優れてゐるかが分かるだらう。

 といふより、神話を普通の常識で分かると考へるのがそもそもをかしい。さう考へるのは、神話などワケの分からない與太話だと考へるのと同じぐらゐ馬鹿げてゐる」




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