2011年09月24日

癒し


「ぢゃ、そんな風になる前の、いはば純粋の學問といふのは、何だったんだ」

 それは聖書に出て來るゼズのやうに、人の惱み苦しみを緩らげる爲だらう。

 ある日、ゼズが人々に話をしてゐると、それを説教と勘違ひした立法學者や嚴格主義者が監視にやって來た。ゼスが神の名を騙り、人々を迷はすと疑ったのである。

 當時は今のやうな醫學はないから、人の惱みにも肉體の惱みにも祈禱や藥物が用ゐられた。祈禱は神の力を借りるもので、その效驗の大きい者は民衆のヒーローに祭り上げられる危險があった。そしてゼスもさういふヒーローの一人であった。

 そこへ幾人かが全身不隨の病人を床に載せたまま運んで來た。當時の掟では病氣は犯した罪の結果であるから、この世の終はり迄、病人は床から降りてはならぬとされてゐたからだ。

 しかし家の中は野次馬が立て込んでゐたので、仕方なく屋根の上へ病人を吊り上げ、屋根に穴を開けて、そこからゼスの前へ吊り下ろした。

 ゼスは驚いて云った。
「その病氣が罪の所爲だと云ふなら、罪はもう許されてゐる」

 すると今度は律法學者らが吃驚した。さうして、かう思った。
「こやつは自分が神のつもりになって、許したつもりになってゐるのか。とんでもない思ひ上り者だな」と。

 ゼスは先囘りして云った。
「馬鹿を言ふな」
「坊主と内心はゆはない」
「顏がゆふたぞ。お前の病氣はもう治ったがゆゑに、ぢゃあ神に許されたんだらうと言ふのを短くゆっただけだ。さあ起きて歩き、床を持ち上げてみろ。それが許された證據だ、とでも言へばいいのか。このすっとこどっこい。それとも、何だ。元氣者に歩けと言ふのも罪になるとでも言ふのか」

 すると病人は床を持ち上げ、病氣の治ったのを喜びながら歸って行った。
「今日は夢を見たやうだな」




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2011年09月23日

學問

「人類が誕生して數十萬年が經つと考へられてゐる。しかし、學問などといふものが出來たのは、ここ三千年にもならない間での亊だ。といふことは、學問は單なる知的好奇心から生じたものではなく、やはり人間の社會單位が大きくなったことと關係があるのだらう」

 つまり、貨幣の普及と經濟効率の關係から職業の分業化が進み、富を持つ者、知的探求を職業にする者が生じたといふことだらう。

「しかし、そこでは學問はすでに純然たる知的好奇心に因るものではなくなってゐる。なぜなら學者もまた生活する必要があり、世の權力者に認められる必要がある。その爲にも、まづ素人にも分かる説明の分かりやすさが必要になり、また何かの役に立つ必要が出て來る譯だ。ヨーロッパ中世の錬金術士が化學者の先祖であったことを考へるとよく分かるだらう」

 一方で、直截何かの役に立つといふ譯ではないが、人々を樂しませるものは藝能、藝術として學問からは區別されて行く。
 
 ギリシアでも雄辨術といふものが人々の喝采を受け、ソクラテスなどがこれに著しく反撥したことはよく知られてゐる。世の中には分かりやすい問題と、分かり難い問題とがあるが、分かりやすい問題は特に論ずる必要がない。

 したがって、學者の仕事は分かり難い問題を一見分かり易いやうに見せかける詭辯術に傾いて行くからだ。





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2011年09月22日

學問して道を知る事

「現代は文明の行き着いた先にあるから、ギリシヤ邊りから始まった學問、サイエンスも全盛といってよいのぢゃないか」

 あなたからそのやうな言葉を聞くとは思はなかった。自然科學や數學などは近世に至って著しく發展したことは勿論だが、哲學や人文學などはむしろ大きく後退してゐるのぢゃないか。實存主義者などといふ思想家たちによって哲學は黄昏を迎へ、その後は他の諸科學とは遊離して、今や背後靈の如き存在になり果ててゐる。

「そもそも學問は何の爲にある」

 自然科學や數學は方法に關する學問だ。もちろん直覺による宇宙像や概念は我々の日常の觀察による經驗と似てゐるが、それ自體は學問上は屁のやうなものだ。

 科學的には客觀的證明や檢證が必要である以上、その宇宙像や概念は抽象的たらざるを得ない。知的好奇心の對象とはなっても、我々の切實な實人生の上では夢のやうなものだ。科學は物の役にたってこそその眞価を發輝する。

 この點では、哲學や藝術作品が、それ自體で完結し、まるで物の役には立たず、むしろ人の健康的人生には有害なことさへ多いのとは對照的だ。ソクラテスも哲學などやらなければ優しい妻を持てたかも知れず、孔子も禮學など修めなければもう少し失業期間が短かった筈だ。



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