2011年08月25日

昇天

 暫く行くと、驛前のロタリイのやうな場所へ出た。驛?道の驛みたいなものか?或はこちらにも鐵道が走ってゐるのか。だとするとあの世とあんまり變はらない。何の爲に死んか分からないぞ。

 驛舎のやうな建物の方へ進んで行くと、募金箱のやうなものを首から下げた高校生っぽいのが十人ぐらゐ、竝んでゐた。見囘しても、他に人の姿は見えない。ひどく閑散としてゐる。ひょっとしたら。あの世の不景氣が、こんな所まで押し寄せてゐたのか。

「いらったい待てー」
 高校生っぽいのが一齊に黄色い聲を上げた。女子高の制服のやうなのを着てゐるが、どれも不細工で男のやうな顏をしてゐる。だいち色が淺Kい上に、不精髭まで生やらかしてゐる。

 何だ。募金か。金なら一文もねぇぞ。俺はこっちへ來たばかりなんだから。と言ひながらポケットの財布を出すと、まだ札も小錢も入ってゐた。免許證やCDカードの類まで入ってゐた。懷かしいね。とポロポロ涙を垂らしてゐると、

「ごっくん」
 一人が生唾を呑み込んだ。だから、無いんだって。これはこっちぢゃ使へない代物なんだよ。まだ両替もしてないんだから。

「ごっくん」
 仕樣がねぇなぁ。どうせこっちぢゃもう使へねぇし。と千圓札を一枚。勿體無ささうに取り出し、手近の募金箱へ入れてやると、
「へぇ、ありがたうございやす」
 その募金箱を抱へた奴が昇天して行く。

 試みにもう一人、別のやつの募金箱に十圓玉を入れてやると、そいつはロケットのやうな勢ひで昇天した。もう一人、もう一人と、十人ほどを全部、昇天させてやった。それぞれ、みな異なる速さで昇天して行った。ひどく氣持ちが好かった。



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2011年08月24日

令狀

 何だ今のは。と追ひかけてはみるが、足が速い。見る間に地平線の向かうへ消えた。

「おい、そこのプータロー。詐欺師。アルバイト見習。藝術家。ニセ辯護士。泥棒」

 って誰のことを呼んでるんだ。ここは俺しかゐないんだが。

「さう。お前だ。やっと見つけたぞ。おめでたう。君には召集令狀が來てゐる。ほら。んぢゃね」

 召集令狀だと?ちょっと待て。ここにはただ數字が竝んでるだけぢゃねぇか。お前は名前も知らない人間に令狀を届けるのか。どういふ譯なんだ。

「名前は泥棒だろ。さう呼ばれて返事をした時點で名前がバレたんだよ。今更とぼけても無駄だ」

 ぢゃ、その泥棒宛に來たとかいふ令狀を見せろ。この葉書には泥棒樣とは書いてねぇぢゃねぇか。

「下らない理屈を云ふな。お前の身元は全て見た目でバレてゐるんだ。俺が何年郵便配達をやってゐると思ってる」

 身元がバレてる割には色々な肩書きを竝べてくれたな。

「見た目で竝べただけだ」

 その見た目がなかなか當らなかっただらうが。

「すいません。アルバイトで配達をしてゐたんですが、今日は一軒もノルマが達成出來なかったもんで、つい」
 さう云ふなり、男は來た道を走って逃げた。しまふた。

 手元に殘された葉書には、ここを捲って下さいと書いてあるから捲ると、召集年月日、きのふ、召集原因、飛首、等級、下の下、と書いてあった。



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2011年08月23日

巨人

 聲のする上を仰ぐが、幕のやうなものが垂れ、その上は霧のやうに曇ってゐる。誰だ。今、なんか云ったか。

「お前か。俺に用があるとかいふ奴は」

 お前って、俺のことか。

「さうだ。何か用か。九日十日」

 別に用なんかないよ。それより、どこにゐる。姿を見せろ。

「さういふ譯に行くか。顏を見たら、どうせ良くは思はないだらう」

 どこかで聞いたやうな臺詞だな。しかしお前の顏に興味なんぞ無い。別に照れる必要もないだらうが。

「さいならぁ」

 さいならぁ。

「鸚鵡でせうか」

 いいえ、當棒です。門柱の右側が上に飛び上がったかと思ふと、そのままクルッと人の上を囘り、左側の向かうへ落ち、二柱がまるで足のやうに歩き出した。道の向かうへ。

 何だ。門柱と見えたのは巨大な人の足だったのか。垂れ幕のやうに見えたのは着物の裾だったやうだ。



 
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