2011年08月28日

大鴉

 暫く歩いてゐると、人の住みさうな家が見えた。

「ちょいと、そこのお兄さん」

 お兄さんて、誰のこと?邊りを見囘すが、誰も見えない。

「あんただよ。あんた」

 よく見ると、木の枝に鴉が停まってゐる。何か用か。

「九日十日。ちょっとあんたに頼みがあるのさ。わたいはその家の主なんだけれど、ちょっと出かけた先で。ほら。この通り。鴉になっちゃったんだよ。それで通りががりのあんたに、ちょいと。そのドアを蹴破ってみて欲しいの」

 なんだか譯の分からない頼みだが、俺は今、人の頼みごとには敏感になってゐるんだ。惡いが又にしてくれ。

 そのまま素通りし、十歩ほど歩くと、鴉も諦めたやうだ。何も言はない。そぉっと振り向くと、枝に停まったまま、うなだれ、じっと目を閉じてゐる。よほど困ってゐるのだらうか。仕方ないなぁ。ちょっとだけ手傅ってやるか。

 と家のとこ迄戻り、バリンとドアを蹴破ってやった。

「またか。最近はドアを蹴破るのが流行ってゐるやうだな」

 と壞れたドアの向かうから髭面の男が顏を覗かした。

「まぁいい。お前のやうに鴉の法螺を眞面に信じる連中が多い内は、この郷にも大きな災ひは來ないだらうから」
 男は大欠伸をすると、部屋の奥へ消えた。



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2011年08月27日

應報

 しかし昇天させられた連中はどこに行ったんだらう。またあの世に返されちゃったのか。

「それは色々だらう。俺も知らないよ。ただ、人にしてやったことは、ほとんど返されるってことは憶えてゐた方がよい。良いことも、惡いことも、な」

 因果應報の原理か。そんなものがあったのか。

「嚴密に云ふと、因果應報とは違ふだらうがな。因果應報の中の自因自果は、例へばAがBを殺すと、Aも誰かに殺されるといふことだらう。しかし、これは、よく考へると、ヘンぢゃなからうか。AがBを殺したんなら、今度はB本人がAを殺さなきゃ、差し引きゼロにはならないやうに思ふ」

 さう嚴密に考へなくても、Bが味はったのと同じ苦痛をAが味へば、因果應報の原理は滿足されるだらう。この原理はもともと我々の衡平感覺から來てゐるだらうから。

 それに、人を呪はば穴二つの場合、殺されたBもAを殺して恨みを晴らした時點で救はれなくなってしまふのではないか?

 しかも、殺されたBがたまたま悟り澄ました人間で、殺されたのを何とも思はなかった場合、報復の爲にAを殺さうとは思はないだらう。これを因果應報原理の爲に無理やり殺人行爲に驅り立てるのはをかしくないか。

「いづれにせよこの問題は我々の頭を空囘りさせるやうだ。氣分が惡くなって來るよね。まぁいづれにせよ、あの十人がみんな一緒に戻って來、全員がお前を昇天させることを願ってゐるよ」



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2011年08月26日

チェンジ

「あーあー、十人も昇天させちめぇやんの。いったいどうするつもりだ」

 どうするつもりって、何が。

「何がって、とぼけんぢゃねぇよ。十人も昇天させちゃったら、今度はお前が十人から昇天させて貰はなけりゃ浮かばれねぇだらうが」

 浮かばれないとどうなるの。

「づっとこのままだよ。ここに立ちっ放し」

 何の爲に。

「そんなの知るか。ともかくも、俺はお前より五百萬年も先輩なんだ。今後は勝手なことをしてくれるな」

 五百萬年だと。五十萬年の間違ひだろ。いつの間にか十倍に増えてるぢゃねぇか。それより。俺は別にお前に隨いてゐて欲しいと頼んでる譯ぢゃないんだから。いやならどこへでも行ってくれ。

「さうは行かない色々な事情があるんだよ。まぁ今のお前に説明するのは長くなるから言はないけど」



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