2011年07月19日

おほみづ 十四

 神はナに云った。
「みな、船から出でよ。お前たち女と男と、その息子とその嫁たちも。またお前が集めた生き物も。みな、地に群がり、産み、殖えよ」

「ナの娘はゐなかったのかな。ひどい男系主義だな。現代なら大臣の首が飛ぶぞ」

「この話は、すでに所謂父系制社會の時代を反映してゐるのだらうな。前に言ったやうに、どんな神話も人が語り傅へる以上、自分なりに解釋を加へて行くものだらう。神樣と言ったって、基本的には人間の想像力を出ない」

「神話はすべて人間が造り上げたものだと言ふのか」

「そんなことは分からない。ただ、人が言葉にする以上、その話し手の心が言葉になると言ってゐるのだ。そして、その心は話し手が自在に操れるものではない以上、何か當人以外のものの力が働いてゐるのだらう。その力は人間を超えたものだから、昔の人は神樣として恐れて來たワケだ」

「さういや、昨日サカアを觀てゐたら、いやに心臓がドキドキしやがる。今にも止まるかと思ったよ。どうもストレスがかかると、腦が心臓を動かすやうだな。この腦といふ機械、全く人の言ふことを聞かない、困った奴なのだ」



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2011年07月18日

おほみづ 十三

 ナが六百一歳(むほまりひとつ)の一月一日。土の面が乾き始めた。

 ナが船の板を外してみると、すでに水が引いてゐた。二月の二十七日には、もうすっかりと乾いてゐた。

「やれやれ、完全に乾くまでに、洪水から一年と十日かかった譯だ。六百一歳といふのは、今の滿年齡でいふと、誕生日前の五百九十九歳といふことかな」

「たぶんさうだらうね。數へ年なら、生まれた時點で一つと數へ、以後は年の始まり毎に一つづつ年が増える。例へば六月生まれだとすると、次の一月一日に二歳になる。その年の六月になっても二歳のままだ。しかし今の満年齡では誕生日が來た時點でやっと一歳になる。從って誕生日前の數へ年齡は、滿年齡より二つ小さくなる」

「さうなると、生まれてから五百九十九年プラス五十七日プラスアルファで土が乾いたことになるが、そんな細かい話をよく傅へて來たものだ」

「だから、かういふ數字には何か深いワケがあるのだらうと、色々探る説も出て來る譯だが、どれも人が考へたものだから、だからどうなんだと言はれたらそれでお終ひなのが殘念なとこだな」





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2011年07月17日

おほみづ 十二

 ナは今度は鳩を放ち、水が引いたかどうかを探らせることにした。

 しかし、どこにも止まる處の見つからなかった鳩は戻って來た。ナはこれを手で迎へ、船に戻した。

「今度は鳩が選ばれてゐるな」

「鴉が歸って來たかどうかは分からないが、多分、外には餌が無いから、仕方なく戻って來たんぢゃないか。その點、鳩なら、歸巢本能があるから、直ぐに戻って來ると思ったんぢゃないか」

「確か、もう七日待って、また鳩を放したんだったな」

「さうだ。鳩は夕方には戻って來て、今度はオリブの新葉を銜へてゐた。といふことは、地上にオリブが生えてゐるといふことだから、水が引いたといふことだ」

「しかし、疑ひ深いナは、もう七日待って、もう一度、鳩を放ったんだったな。今度は鳩は戻って來なかった。もう餌の木の實などが出來てゐたのかな。それにしてもナは眞っ直ぐな性格の割に偉く愼重なところもあるね。といふか、神樣もナだけ助けてやりたいなら、水の引く時期ぐらゐ教へてやっても善いのではないか」

「そこまで親切にするなら、洪水の間、天の御殿で歡待してやってもいいだらう。神樣が何も教へてくれないといふことは、手前の頭で考へなさいといふことだ。しかし我々が知り得るのは、その深いコトワリを我々はけして知り得ないといふことだけだ」



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