2011年07月25日

おほみづ 廿

 神は、かうも云った。
「我はお前らすべての生き物と契りを結ばう。一つ、今後、ふたたび洪水を起こし、全ての生き物を溺れさすことはない」

「それなら、一應は安心出來るが。但し、今囘の洪水のやうに、一部のものだけ殘す洪水は有り、なんてことはないのかな?」

「さういふ洪水なら有るだらう。實際、生き物の一部を滅ぼすだけの洪水なら、日常茶飯に起きてゐるぢゃないか」

「さうか、やっぱりさうなんだ。しかし、それならば、結局はナみたいなお氣に入りだけ生き殘ることになるんぢゃないか?それとも、運の惡い生き物を時々溺れさせてゐるだけなのか?」

「しかし、神が惡黨を滅ぼす洪水も起こさないといふのは、お前ら勝手にしろ、といふことでもある。ある意味、非常に恐ろしい話だと思ふぞ」

「それも怖いが、神に嫌はれるといつ溺れるか分からんのも辛い。これは一種の脅迫みたいなもんだな。それなら、初めから善人ばかり造ればよかったんだ」

「それを。なまじひ、自由意志なんぞ與へるから、中にはロクでもないのが出て來るし、人間が天罰代はりの刑罰を加へなきゃならんことにもなる」 

「結局、神は、不器用な子が出來の惡い人形を作っては壞し、作っては壞しみたいな?」

「殘念ながら。人から見るとさうなる」



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2011年07月24日

おほみづ 十九


 神は云ふ。
「ケダモノであれ、人であれ、人を殺してはならぬ。人の血を流す者は、ケダモノであれ、人であれ、人によって殺される。人は神の形に造られたのだからだ。人よ、産め、殖えよ。地に廣がり、地を治めよ」 

「神が云ふってより、人が云ってんぢゃねぇか。要するに人だけが神に準じるものとして保護される譯だ。しかも、神が云ふって、誰が聞いたんだ。俺は聞いてねぇぞ」

「默れ、この不信心者めが。しかしまぁいいだらう。實は俺も聞いたことがない。人が云ふのは聞いたことがあるが、とても神の代辯者には見えなかった。神はこんなインキチ臭い男に傳言してどうするんだと思った」

「この正直者め。少しは口を愼むがよい。そんなインキチ臭いものを信じる者もゐるのだから、實はお前の方が曲がってゐるのかも分からんぞ」

「むろんだ。おそらくさうだらう。しかし俺は自分の目が曲がってゐるかも知れないとは思ひつつ、なほ曲がった目の見たものも信ずることが出來ないのだから仕樣がない」

「しかし人間は一人では生きていけない。何かを信じないと、ふはふはと漂って、しまひには屁のやう擴散しちまふよ。人は自分が思ってゐるほど確かなものぢゃないんだ」

「どの人間の集團にも集團獨特の物の考へ方といふものがあり、この物の考へ方に多かれ少なかれ拘束されてゐる。集團の遠心力と求心力のバランスが崩れたとき、その集團は異樣な狂信集團になったり、或は集團としては分解してしまふといふことになる」

「そのバランスの基準になるのは思想良心の自由、歐米なら信教の自由といふことになるんだらう。このバランスの基準には明確なものが無いが、今の日本では相當程度に明確なものがありながら、これと異質な考へ方を取る集團も根強くあり、政治や社會の深い亀裂を産んでゐるのは確かなのだらうな」

「ちゃうど七世紀の佛ヘの受容の時のやうに。ある意味、日本の宿命のやうな對立と言ってもよいだらう。そして最後は妥協的な形で、形だけは新しいものを取り入れながら、時代が進むにつて換骨奪胎して行き、しまひには元と全く形を変えた制度にして土着化してしまふのだらう」



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2011年07月23日

おほみづ 十八

「ただ、肉は血のついたまま食べるな」
 と、神は命じた。

「確かにねぇ。血抜きした方が腐り難いし、味も好いから。まさか調理法まで教へてくれるとは思はなんだは」

「教へちゃいけないのかな。昔は宗教があらゆるルールを定めてゐたから、當然、食のルールもあるだらう。今の食品衞生法みたいな」

「といふことは、宗教も民族によって千差萬別だな」

「さうだよ。實際、この血を食べちゃいけないといふのも、歐米の基督教ぢゃ餘り守られてゐない。血の滴るやうなステーキもあるし、血そのものが食材になることもある」

「國民議會の制定法なら改正出來るけど、神の命令と言ってしまへば、人間には改正が不可能だな。それで解釋論を持って來る譯だね。この規則は實はかういふ意味だからかうなんだとか。いはゆる解釋改憲といふやつかな。どこかの國が得意にしてゐさうだよ」

「その國ばかりぢゃないさ。獨逸などは比較的こまめに憲法や法律を改正し、法を現實に合はせるが、英米法などはそもそも成文法を作ることが少ない。被告と原告の言ひ分を天秤に計って出した判例を集めたのが衡平法といふやつで、この衡平法も時代が變はればどんどん變はって行く」

「しかし日本の場合は成文法があるのに、完全にこれを無視するといふ點ではユニークだね。八世紀半ばに造られた養老令は形骸化しつつも明治維新まで續いた」 



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