2011年06月27日

ふみ 三

 放浪するトシに連れ添ふ女が出來た。女は身ごもり、子のエノキを生んだ。

 トシの周りに町が出來、トシはその町をエノキと呼んだ。

 やがて子のエノキはイラヂを生んだ。そしてイラヂはメホイユを生み、メホイユはメサイを、メサイにはラメキが生まれた。

 このラメキは二人の女と娶った。一人はアタ、もう一人はチュラ。

 アタはヤバミを生み、ヤバミの子孫は羊飼ひになった。

 またアタはイバイを生み、このイバイの子孫は竪琴と牧笛を鳴らす者になった。

 チュラもトバンカを生んだ。次に妹のナマ。トバンカの子孫は鍛冶となった。

 かうして多くの地上に榮える者の祖となったレメクは、二人の妻に、
「我が妻たちよ、聞け。俺に傷をつけたら、仕返しに殺してやらう。俺を打つ者がゐたら、その子どもを殺してやる。トシの仕返しが色なら、俺の仕返しは色々だ。どうだ恐れ入ったか」

 すると妻たちが聞いた。
「神はあなたを殺すなと言いました。しかし、あなたは人を殺してもいいのですか」と。

 レメクは答へた。
「人のことは知らない。自分のことは自分で考へるがよい。俺は自分のことしか考へないやう、頭ひとつで生まれて來た。だから俺は俺の仕事、つまり自分の子孫を殘すことに手一杯なのだ。一人でも厄介なお前らを二人も持つのも、全くその爲なのだ。だからお前たちも、仕樣もない質問をする前に、まづは己のすべきことをきちんとやりなさい。頭一つどころか、半分もない身の上なのだから」



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2011年06月26日

ふみ 二

 神は、一人で歸って來たトシに訊ねた。
「弟のカヒはどうした」

 トシ、
「さあ。彼の番人にでも聞いてみたら?」

「お前は弟を殺したばかりか、隱し立てまでするのか。弟の恨みが、お前には聞こえないのか。その血の染み込んだ土は、もうお前の爲に稔らないだらう。もうお前は乞食のやうに、地をうろつき囘る他ないのだ」

「その罸は少し重すぎませんか。あらかじめ紙にでも書いて貼っておいてくれれば、私も弟を殺しはしませんでした。しかし、罪を犯した私は、もう地上に生きてゐる甲斐もない愚か者になりました。もう誰でも、この私を殺すことが許されるのでせう。私を殺した者には、もう罸が與へられることもないのでせう?」

「いや、むしろ、お前を殺した者には、さらに色々な罸が與へられるだらう。この世には無くて可いものなど一つも無いのだから。まして、お前のやうに罸を與へられ、苦しんでゐるものをチャラにさせよいものか」

 そして神はトシのおでこにマークを貼った。かうしてトシはそのマークを戴いたまま、放浪の旅へ出た。



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2011年06月25日

ふみ 一

 女は子を生んだ。トシといふ。次に生んだ子はカヒ。

 トシは物が分かる年になると田を耕し、カヒも物が分かるやうになるとケモノを飼った。

 トシは土から出來た物を天の上の迦微に獻げ、カヒもケモノの初めに生んだ子の最も肥えたのを天の上の迦微に捧げた。二人とも天の上に輝く迦微がゐなければ、作物が生らず、また牧草も生らないのを知ってゐたからだ。

 ところが迦微はカヒの捧げ物をいたく喜んだのに、トシの捧げ物には目もくれなかった。トシはひどく腹を立て、
「これは差別ではないか」
 とむくれた。

 すると神は、
「お前は何を怒ってゐる。俺が弟の方ばかり依怙贔屓したのに腹を立てたのか。しかし、同じやうに働き、同じやうに暮らす者のうち、一方が貧しく、一方が豐かになることなど、この世にはいくらでもあらう。そんなことでいちいち腹を立ててゐたら、お前はますます見放され、最後にはこの世に行き場を無くしてしまふぞ。

 それとも。お前の母親のやうに魅力的な女と、お前の脚のようにコブだらけの肉體を持つ女の両方を、お前は平等に愛せるのか」

 これを聞いたトシは云った。
「カヒよ。さぁピクニックに行かう。野原にはお前のやうに美しい花が一杯咲いてゐるだらう」
 さうして弟を誘ひ出したトシはカヒを殺してしまった。もしカヒが消えれば、二人中ビリから、一人中一番に浮上出來る道理だからだ。

 しかし、この初等算術は、多分どこかで間違へてゐる筈だ。



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