2011年05月19日

しるべ 四

「神樣といふのは、いつも人間の都合の好いやうにはして下さらないものですが、あの二人の相性の好いこと。それこそお互ひの爲に生まれて來たやうなものぢゃありませんか」

「これも縁といふより仕樣が無いんだらうが、あの二人が笠掛と東京といふ離れた土地に住みながら互ひを忘れなかった、といふのも大切なことだ」

「それより、瑶代さんが東京へ出たのは、今の福子ちゃんと同じぐらゐの年だったでせう。よくそれまでの生活を棄てるやうな亊が出來たし、藤サの助けがあったにしても、一から始めて美代チャを育て上げるのも大變だったでせうに。

 けれど結果的に雪チャがあんなことになって、笠掛へ戻ることになりましたが、そんなことでも無ければ、あのままづっと獨身を通すつもりでゐたのかしら」

「彼女には自分に足りないものを求めようといふ考へがないんだね。足りないものを含めた合財が自分だと思ってゐる。御亭主を亡くしたあとも、藤サにせがまれ、サヨサを知ることがなければ、病院の賄ひを續けたままだよ。サヨサが亡くなった後も、きっと元に戻っただけだ。

 芳キや鐵坊の世話は雪チャに任せれば好いし、あの頃は藤サと雪チャ、マヨサの三角關係を疑ふ人間が多かったから、藤サの勸めに順って東京へ出た」



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2011年05月18日

しるべ 三

「私はもう自分で救ひ難いのが分かってゐるから可い樣なものですけれども、そのカハヂさんのところの、何て謂ひましたっけ、その女の人も、彼處を追ひ出されたら行くところはありますの?」

「そりゃ彼女以外、否、彼女自身も知らないかも知れないね。僕だって、此處を追ひ出されたら行く當てがあるやうな、無いやうな」

「もし無かったら氣の毒な氣がしますね。彼女もこの土地の人なのに、住み辛くなるでせうから」

「その心配は要らんやうだ。小學時代の擔任をしてゐた女教師によると、彼女はウズメといふ仇名を貰ってゐたさうだよ。同級の男の子を追ひ掛け囘したりする、大變なお轉婆で、鐵坊も被害者の一人だったらしい」

「鐵坊は人が好いから、好かれると邪險には出來ないでせうから」

「美代チャといふ碇がなかったら、沖へ流されてゐたかも分からん」 



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2011年05月17日

しるべ 二

「健作ちゃんの家でも、あぁして眠っちゃふことがあるみたいよ」

「カッちゃんはいくら飮んでも醒めた性だから介抱が大變だな。まぁ眠るだけで暴れる譯ぢゃないから可愛いものだが」

「彼女は店でも醉ひ潰れることがあって、それでも客質が良かったのかどうか、ほとんどみな勘定は置いて歸ったさうだ。カウンタにお札やらコインが積んであって、カッちゃんなんか、眠った彼女を放って歸れなくなることもあったさうだ」

「案外、そんなのが結ぶの神だったりして」

「カハヂさんの處も似たやうな關係らしい。但しカハヂさんの酒は至って上品なのに、彼女の方は泣くは暴れるは、絡むは、愚痴るはのサイテーらしいが・・・」

「彼女も生き苦しいのでせうね。精神醫學の方ぢゃ何と云ふか分かりませんが、心といふのは内臟器官の千倍萬倍も複雑なもので、それこさ聖書ぢゃありませんが、人間の肉體さへ救へない者がどうして人の心を救ふことが出來るだらうと思ひますもの」

「全くだなぁ。僕も君と五十何年か附き合ってゐるのに、未だにギョッとすることがあるが、そのギョッとが無くなったらもう先が無いのかも知れない」



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