2011年05月22日

葉隱 一

 八月も終りに近づいた。入場者數も四萬五千を數へ、一年で十萬といふ最低限の目標はクリア出來さうではある。が、むろん喜んでゐる場合ではない。民間の用高園なら、夏だけでこれだけの入場者數は稼げる。

 むろん民商亊會社と公益法人とでは存立の目的が違ふが、センタアが果たしてどれだけの公益を齎してゐるか、と問はれれば、捗の行く答は優作自身にも見つからない。

「お前、最近猫背になってゐないかい」
 と母が尋く。
「さうかな」
 なるほど、言はれて見るとそんな氣もする。朝起きると體が重いし、座り仕事が多い所爲か腰も痛い。何を喰っても不味いし、時に微熱か頭痛、吐き氣のやうなものがする。知らず知らず體を庇ってゐるのだらう。

「お父さんもねぇ、頭を開けて調べて見たら、血管がボロボロになってゐた。お前も若くはないんだから、氣をつけないとね」



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2011年05月21日

しるべ 六(竟)

「二人の大連旅行は十泊ぐらゐするさうだが、見送りも出迎へも無用、完全に二人きりの旅にしたいやうだな」

「彼は恥づかしがりなんでせう。いつか、私たちのお膳立てで雪チャと二人旅をさせて上げたこともありましたね。あの時も大騷ぎだったんですから」

「今度は我々も二人旅をしてみたいね」

「いつも家の中でしてゐるだけで十分。それよりも、彼女、大丈夫かしら」
 開子は寢室へ行き、敷布團と夏物のケット、枕を持って來、床に敷いてくれた。

 すると、彼女、戸口から顏を出し、
「小父樣、濟みません、私、歸りますから」
 醉ひは多少冷めたやうだが、何とはなしに心配だ。

「さう寢ぼけ眼で言はれても困るな。もう十一時近いし、大見君にも言ってある。ここに泊まってくれる人は、もう君が最後だらうし」
 開子も、「さうさう。お風呂は間遠だから、シャワだけ浴びたら」
 浴室へ案内した。




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2011年05月20日

しるべ 五

「しかし人生はすべて思ひ通りにはならない。一所懸命になればなるほど、をかしな方向にずれて行くもんだ。實際、事故で芳江ちゃんが亡くなり、雪チャに重い後遺症が殘ったときは、もしマヨサが歸ってくれなかったら大變なことになってゐた。

 雪チャの面倒は藤三郎が看るし、子供達の世話は上ツ谷や我々が燒くにしても、一家はバラバラだし、みんな精神的にも參り切ってゐた。我々にしても顏を見るのも辛い状態だったのに、彼女たちが戻って來てくれただけで、何となく救はれたやうな氣分になったのは不思議だな」

「あのとき初めて、彼女達の無私といふか、眞心みたいなものが本當に分かったやうな氣がしますね。膽心の藤サが留置されて居るのに、東京の家も引き拂って、美代ちゃと身二つで歸って來てくれたのですから」

 サヨサが亡くなる前も、子供達のことがあるから、後はマヨサにと考へてゐたのに、ある事ない事を吹き込む人がゐたから、もしかしたらと考へたんぢゃありませんか」

「藤サが雪ちゃを迎へたのは、タカさんの意思が働いたことは確かだ。サヨサの生前に、タカさんや邊さとの間に何か話があったのかも知れない。或はマヨサ自身も關はってゐたかも知れない。

 いづれにせよ、雪チャも最期には藤サとマヨサに手を握られて旅立ったのは好かった。そのうち、藤サも本當のことを話してくれるのぢゃないかな」 



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