2011年05月25日

葉隱 四

 この人事案は大倉事務長が言ひ出したことでもあり、栗林にも異存はなかった。人事は組織の金玉みたいなもの。これを握られてゐる内は獨立法人も糞もない。

 とは言へ、センタアは市の財布に賄はれてゐる。いくら偉さうなことを云っても、子が親に養はれてゐるやうなものだ。ただ同じ子供でも、最初から親の言ふなりより、少しは逆らった方が將來の爲。

 要はバランスの問題だと思ふが、喰っ屁こと大河原など初めから腰砕け、この案には餘り乘り氣ではないらしい。エイキャンこと瀧瀬や副官福子の意見も尋いてみたいが、二人とも人事は擔當でなく、改めて聞くやうな機會もなかった。

 結局、「ここは理由抜きで、出すだけは出しておきませう」といふ大河原に任せることになった。認否の議決を採る次の理事會は、來年度の運營計畫に關はる議題も上程されてゐる。ここで餘り面倒な問題を持ち出したくない、といふのが本音であらう。

 當の中村恭子は、もう正門のチケット賣場に詰めてゐる。先月に採用したばかりだが、大人しくて氣が利き、覺えも早い。年上の小煩い小母さん連中にも受けが好いし、未だトラブルも起こしたことがない。願ってもない人材であった。




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2011年05月24日

葉隱 三

 この及川からセンタアまでは歩いて二十數分。車も有るが、普段は使はない。家の裏側から獸道のやうな坂道を下って行く。夜は通れない、地圖にも無い道だ。と思ってゐたら、公圖にはちゃんと載ってゐた。昔の山道は大體こんなものか。

 ひょっとしたら繩文人の一萬年以上も前からあった道ではないか。さう思ふと、安物のローハーにせよ、底の硬い靴を履いてゐる自分が阿呆に見える。滑らないやうにくの字型の道を降りて行くと、やがて川沿に出る。水面までは二三メートル。おそらくは結構な深さで、人の歩く速さで流れてゐる。
 
 八時二十分。豫定通り、タイムレコーダに刻印。今日は上田福子が公休で、彼女の分擔の一部は優作に囘る。皆、仕事に馴れたとは言へ、まづ八時前に歸れることはあるまい。こんな日は慌てず騷がず、巧く乘り切らなければならない。

 朝礼が濟むと、まづは人事の打合せだ。センタアの正職員一名を増やすことになったが、採用には理事會の承認が要る。實際は市役所の方で推薦した人物が承認されるから、こちらで選ぶ必要は無い譯であるが、今日はこちらで選んだ人物で承認を求める。

 承認は却下されるだらうが、その場合はアルバイトで採用する。年収にして三倍の開きはあるのだが、仕方がない。ともかくもアルバイトで頑張ってもらひ、定例の理事會の度に承認を求めようといふ、大倉事務長の作戰であった。




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2011年05月23日

葉隱 二

「例の銅像ね、綺麗に出來てゐるぢゃないか」
「あぁ、見て來たのかい」

「上田さんのところの若奥さん。わざわざ連れて行ってくれたんだよ。車でねぇ」

「ふぅん。燒酎も貰ひっ放しだし、何だか惡いなぁ。と言って、何か買ったものを贈るのも却って失禮な氣がするし」

「氣といふものは自然に通ずるものだよ。有り難いと思ったら、その氣持を自然に出すことだね。それは何も物を贈ることばかりぢゃないだらう」

「さうかなぁ。人に恨みを買った覺えが無いのに、よく人から嫌はれることはあるけどなぁ。だから、よくよく周りの人には氣を配る必要があると思ふけど」

「本當に恨みを買った覺えが無いのなら、そんな人は放って置けばいいだろ。しかし、そんな時でも自分の態度が本當に恨みを買ってゐないか、よく省みた方がいいだろ。さあて」
 と母は腰を上げた。



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