2011年05月28日

葉隱 七

 センタアのアルバイトスタッフは、午前と午後とで勤務場所がシフトされる。中村恭子の場合、例へば今日は一時迄が正門チケット賣場、二時からはミウジアムの受附案内に配置される。器用な彼女は、ほぼ全てのシフトが熟せるやうになってをり、實に重寶な手駒になってゐる。

 同じくアルバイトの渡邊友里も、一所懸命にやってはゐるのだが、こちらはスタッフの中で孤立してゐる。その分、ミウジアムショップや園内ガイダンスなど、他の職員と絡まないシフトに囘さざるを得ない。

 とはいへ、それぞれの都合を優先するアルバイト從業員の割附けは難しい。現に大河原の組んだシフト表では、午前の正門チケット販賣棟のコンビが、渡邊と中村に配點されてゐる。若いが少しだけ勤務の長い渡邊と、まだ新人の三十六歳が旨くやってくれれば、多少とも樂にはなるのだが。

 と、細かいことに氣を散らしてゐるまに、十時を過ぎてしまった。今日は午後に定例理事會があり、その準備が必要。また上田福子が休んでゐる分、代はりの仕事も輻輳してゐた。が、焦るばかりで少しも捗らず、全てを好い加減なことにし、片附けざるを得なくなった。最後にはポンとペンを放り出し、天井を見上げた。人には見せたくない姿だ。



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2011年05月27日

葉隱 六

 坂前と顏が合ったので、
「今日は宿直ですか」
 と尋くと、
「はっ」と驚いたやうな顏をするので、
「いやいや、大變だなと思って」
 
「はぁ、正直、こっちがマイホオムになったやうな」
 K々と日燒けした坂前は、制服も板について來た。
「今日は事務長とお晝を御一緒されるさうですね。羨ましいなぁ。僕も一緒に外へ出たい。けど、今日は結構遲くまで、殘業になりさうな氣配が」
「もし私で宜しければ、いくらでもお附き合ひを致しませう」
 苦笑ひの坂前と入替へに、喰っ屁の大河原が返った。

「落とし主は、よく納得してくれたかい」
「はぁ、小っちゃな子供づれのお婆さんで、何とか納得して戴きました」
「わざわざ拾ひ主に禮を言はうとは、隨分律儀なお婆さんだね」

「亡くなった母親から貰ったもので、子供がどこに落としたのか分からず、づっと探してゐたんださうで」
「拾ったのはJKの人みたいだね。なぜ名前が書いてないんだらう」
「拾ったら直ぐ事務に届けなけりゃならないのに、それが面倒臭いから、取り敢へずメモっておいて」
 あとからこっそり、落し物ボッキスに投げ込んだに違ひない、と喰っ屁は診る。まぁ捨てずに持って來ただけ、正直とは言へる譯だが。



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2011年05月26日

葉隱 五

 履歴書によると、短大卒業後、中小企業の經理をしてゐたらしい。夫は公營企業に勤め、息子は中學生。ただ、すでに離婚が決まってをり、別居の状態だといふ。中村といふのも舊姓で、戸籍上の苗字ではなかった。

 それ以上は聞く由もないが、殘業も休日出勤も厭はないといふのは、或は經濟的に困窮してゐるのかも知れない。當面は正職員採用の可能性は零に近いから、本人に確かめることはせず、その承諾を停止條件にした任用案として出すことになる。

 十時頃、衞視の坂前が事務室に現れた。そちらを擔當する大河原が呼びつけたらしい。机上に手製の人形のやうなものがあり、紙片を見せながら、
「これ、誰が見つけたか分かりますか。日附と時刻、場所だけ書いてあって、肝腎の拾ひ主の名が書いてない。今、落とし主の人が來て、是非お禮が言ひたいって。そこに來てゐるんですよ」

 大河原は紙片と手帳とを照合し、直ぐに思ひ當ったやうで、
「はい、ウチの職員の吉野といふものが拾ったものだと思ひます。當日は私が日直でしたが、時刻や、この筆跡も、おそらくは吉野靜といふ者で間違ひはないと思ひます」
「何だ、もう辭めちゃった人か。はい、ぢゃ、さういふことで」
 大河原は坂前を置き殘し、ショップの方へ向かった。



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