2011年04月18日

いとしご 十三

「上田さんの處、辨當の小賣はしてないの?」
 と聞いてみると、福子、
「初めはそのつもりだったらしいのに、思ったより注文が多すぎて、製る方が追ひつかないやうです」

 健作、「それは殘念。センタアの賣店で出す譯には行かないのか」
 優作、「さういふ係が、この彼女なんだよ。やっぱり、まづいだらう」
「なるほど。父娘でセンタアを私物化とか何とか。李下に冠といふ譯だな。しかしそれを言ふなら、我々がここで鰻を喰ふのも瓜田に履を納れたことにならないか」

「君が材料費だけで製作したのは誰でも知ってゐる。文句を言ふ奴はよっぽどの馬鹿か・・・」 
「しかし俺がセンタアを利用して賣名したやうに思ふ奴もゐる」

 福子、「製作者の御名前を出すやうお願ひしたのは財團の方ですよ」
「センタアからさう言って來たときは、しめしめと思った。小心者で囘りは氣になるが、時に我欲に負けることは恥づかしくない」



posted by ゆふづつ at 07:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

いとしご 十二

 小丘の上にある家は四面が開け放ってあり、冬は寒いが夏は過ごし易い。みなエアコンは要らぬといふので、その言葉に甘え、ダイニングの食卓に椅子を加へ、そこで晝食を始めた。

「さういへば今日は土用の丑の日だったのかい」と優作が思ひ出して云ふと、
「あら、さうだったの。實を言ふとね、大倉の小父さんから鰻が好物だと伺ったから鰻にしたんだけれどもね」
 晴美がケロッと云ふ。

「えっ、誰の好物だって?」
「あなたのよ」
「事務長がそんなこと云ったのかい。變だなぁ」
 確かに鰻は嫌ひではないが、そんな好みを人に云った憶えもないし、鰻重など食ふのも數年振りの亊だ。しかも、晴美は何時事務長に會ったのだらう。

「まぁそんな詰まらん話より、この漬物は美味いなぁ。上田さんの畑で穫れたものかな」
「キャベツだけぢゃなくキウリ、ニンジン、シソ、全部さうらしいはよ」と晴美。



posted by ゆふづつ at 08:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年04月16日

いとしご 十一

 五人の賑やかな食事など何年振りだらうか。しかし女三人が臺所で立ち働く間、健作と優作は居間でひそひそ話。

「銅像の方は旨く行ってゐるのかな」
「あとはボルトで固定するだけだよ。俺は自分の手を離れた作品は、もう見ないやうにしてゐる。見たら必ず直したくなるから。しかし、正直をいふと、あの作品だけは氣に入ってゐる。もう手直しするつもりは無いんだ」

「それは分かる。僕もあれを見たとき、正直、身の毛が愈立つやうな氣がしたもの。魂が籠るといふことがあるものだなぁ」
「それなら俺も正直に云ふと、この仕事を引き受けたあと、何度投げ出さうと考へたことか」

「さうだったのか。大變な仕事を頼んで濟まなかった」
「しかし彼女と色々な話をしてゐる内、ここで投げ出す譯には行かない、さう思ったら、頭の中で靄々してゐたものが、だんだんはっきりして來たんだ。これも彼女のお蔭だよ」
「そりゃぁ、ご馳走樣。彼女にも御禮を言はないといけないな」



posted by ゆふづつ at 08:00| 日記 | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。