2011年04月24日

くら 五

「そのカハヂさんの處に押し掛け女房みたいな人が來てゐるんですって」
「へぇ、それは知らなかった。隨分變はった女がゐるものだねぇ」

「いいえ。世の中、八割の女は安定した生活を求めるでせうが、あとの二割はさうでもない。世の中、どう變はるか分からないのだから、安定した生活なんか本當は分からない。カハヂさんみたいな人が生き殘る社會が來るのかも知れない」

「なるほど。今の少數派の中から未来の多數派が出て來る。さうして人類は生き殘って行くといふ譯だね。あの變はり者のカハヂさんも、さういふ人類生き殘りの攝理とやらに觀念して、その押し掛け女房を受け容れてゐるのかな」

「カハヂさんも困ったらしくて、始めセンタアに文句を言って來たんです。お宅の職員が居座って歸らないから困ってゐる。早く引き取ってくれって。うちの職員と言っても、女は全員揃ってゐますから、それは多分別のセンタアでせうとお引き取りを戴いたのですが、ともかくも誰か押し掛けてゐることは確かなやうで、大分お困りのやうでしたよ」



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2011年04月23日

くら 四

「センタアの邊は、むかし小學校があったところ以外は、殆ど全部上田さんの土地だったんぢゃないか」
「さうだったみたいですね。父によると、昔は由水下の土地なんか買ふ人はゐなかったさうで、背廣一着の生地代で買へたんですって」

「尤も昔の背廣地の高級品は月給何ヶ月分だらうけどね。上田さんのお屋敷があった邊より西は、梅雨時になると水溜りが出來て、そのままぢゃ家も建てられなかった。今のセンタアもゴミで上積みしたんぢゃないか。地盤が弱いから地震が來たらどうなるか分からないって、脅かす譯ぢゃないけども」

「父がこちらへ移ったのも、ひょっとしたらそれに氣附いたんでせう。いづれにしても、この川の南側は面白い人が多いです。全然別の土地へ來たみたい」

「そこを降りた川縁にカハヂといふ人がゐるのを知ってる?」
「えぇ、河童のをぢさんでせう?ときどき傘地藏さんの祠で醉っ拂ってゐる人」

「さうだ。ああ見えても若い頃は宮大工だったらしい。器用だから、何でも頼めばやってくれる。それで飯を喰ってゐるんだ。何でも屋の走りみたいな人だね。ただ、酔っ拂ってゐる時に頼んでも無駄だから、頼むタイミングが難しいけど」




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2011年04月22日

くら 三

 十數年も川向うに住んでゐながら、小野に出るのは初めてだ。甲岳の東北にありながら、案外に開けてをり、蔬菜の段々畑や新しい集落のやうなものも見える。

 同じやうな山間ながら、優作の住む坂野、健作のゐる御堂橋邊、それにこの小野と、それぞれ獨特の趣があるのは面白い。
「由水下に近いのに、やはりまた隨分と雰圍氣が違ふやうだね」

「由水下の家の處までセンタアが廣がることになって、こちらの市有地と交換する形になりました。こちらの方が十倍も廣いのですが、家をそのまま移したり、山林を畑にしたりで、實際に移るまでに二年もかかってしまひました」

「しかし由水下の家の跡地は、ほとんどそのまま殘ってゐるだらう。あの欅だとか山毛欅の木は、みな樹齢が三百年以上だから、バッサリと切り倒すことも出來ない。仕方ないからバアドサンクチュアリだとか何とか、要するにあのまま放っておくしかないんだらう」



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