2011年04月30日

くら 十一

「それにカハヂさんにもどうにかなって欲しいはよね。溺れた福子ちゃんのお母さんを助けたのもカハヂさんなんだし」

「もしカハヂさんがゐなかったら、雪子さんも助からなかったかも知れない。結果的には殘念なことになったにしても、あの十何年で彼女が受けた獻身がどれほど大きかったことか」

「カハヂさんのことは、福子ちゃんもよく知ってゐるのですね」

「知ってゐるどころか。休みの日なんか、ときどき遊びに行ってゐるみたい。カハヂさん、その靜って女の亊も、初めセンタアに相談したらしいの、電話で。そしたら福子ちゃんが出たから喫驚したって」

「そもそも一家が小野に引越したのだって、カハヂさんとの附合ひがあったからなんだらう。選りにも選ってあんな山の上に越すなんて、初め聞いたときは本當に驚いた」

「だからカハヂさんが年を取って來て、一人でゐるのが心配なのよ。いくら丈夫だからって、ああして毎晩醉っ拂ってる。ある日、行ってみたら……なんて、縁起でもないことを想像する。なにしろ醫者にも通ったことが無い人なんだから」



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2011年04月29日

くら 十

「その小煩い女って、幾つぐらゐなのですか」

「三十二ぐらゐ。ちゃうど娘みたいな年頃だから、カハヂさんに可愛がられたのは好いんだけれど、居座る内にだんだん圖々しくなって、朝から晩まで何も働かない癖にお酒だけはカハヂさん竝。しまひに愛想を盡かされちゃったってワケ」

「それぢゃ仕方ないんぢゃないか。追んだされても文句は云へない。君はなんでカハヂさんの肩を持つんだ」

「私は持ってはゐない。どっちでもいいんだけれど、カハヂさんもそろそろ年だし、それにその靜っていふ女、鐵坊の同級生だし、派遣でセンタアに勤めてゐたこともある。聞いて見ると、なかなか苦勞した育ちみたいだし、丸っ切り惡い女ぢゃない氣もする」

「しかしカハヂさんにその氣が無いなら無駄だらう。早く眞面目に働いて、別の男を見つけたらどうなんだ」

「そんな器用に生きられるぐらゐなら、今更こんな風にはなってない」
「そらさうだ」



 
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2011年04月28日

くら 九

 二人とも晝間から少し飮んでゐるやうで、いやに御機嫌が好い。
「さうだ。忘れない内に頼み亊があるんだが、聞いて貰へるかな」
「はぁ、出來ますことなら」
「出來ますことならだって」
 晴美が吹き出すと、大倉事務長まで堪へ切れず笑ひ出した。

 二人で腹を捩るやうに、顏を赤くして笑ってゐる。さては健作のことを散々酒の肴にして來たに違ひない。
「いやいや、失禮。今、そこの、そら、カハヂって男を知ってゐるだらう。あの男に惚れた女がゐるんだが、その女がカハヂの家に住み附いてゐるらしい。カハヂは女房を持たぬ主義だから、何とか追ひ出さうとしてゐる。それであらうことか、私のところに相談に來たんだよ。

 それで、お前さんは女房を持たぬ主義だと言ふが、そんな主義があるもんか。お前さん、裸になってよく自分の體を見て御覽よ。顏以外で一番偉さうな顏をしてゐるのは何だ、って聞いてやったら、奴さん、自分の腕を出して、俺はこの腕一本で生きて來た。誰の世話にもならねぇ、今更小煩い女房なんか持てるかって言ふんだよ。

 なぁるほどなぁ。かういふ生き方もあるのかと思って、感心して奴の話を聞いてゐたんだ。それでこんなに遲くなったしまった」

「をぢさん、感心してる場合ぢゃないでせう。そりゃぁ主義も立派か知れないけど、女の方から身を寄せて來たその氣持ちはどうなるのよ。女が小煩いのも色々なワケがあるからだし、そんな小煩い女に負ける主義も大したことはないはね、って云ってやったでせう」



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