2011年03月22日

さみだれ 十四(竟)

 階下へ降り、福子の部屋へ日記帳を置く。この部屋は芳江が一人で住んでゐた頃から開け放しのことが多い。開けたドアの下に木彫りの熊が番をしてゐる。ひょっとしたら彼女は閉所恐怖症だったかも知れない。 

 冬の寒い夜でも、窻が濡れるからとストオブは置かず、その代はりいつも搔卷のやうなものを着込んでゐた。懷かしい。

 しかし福子も福子だ。姉が死んでから二十年、部屋の模樣替へ一つしてゐない。芳江の上段ベッドはまだ當時の蒲團が敷きっ放しだし、机もそのままの状態だ。この部屋の主は變はってゐないやうに見える。ピヤノも、ときどき調律が來ていぢる他は、誰も彈きやしない。

 廚に出ると、福子が一人、お茶を飮んでゐた。洗濯機を囘してゐるらしい。
「兄ちゃん、今日は」
「何か用か」
 本當は大倉宅へ行かうと思ってゐたのだが、久し振りに聖田へ行くと言ふ福子に附き合ふことにした。

posted by ゆふづつ at 08:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

さみだれ 十三

 鐵の部屋の入口に、福子の日記が立て掛けられてゐた。開けて見ると美代子の字の次に、

 ありがたう 今日明日は久し振りの休みになります 少し疲れが溜まってゐるので なるべく寢てゐるつもりなので どうかご心配ご無用にて

 と、あった。實際、さうだらう。背丈は小さい方ではないのに、目方は四十五瓩ほどしかない。どちらかと言へば福々しかった子供の頃からすると別人のやうだ。まだ若いからよいが、このまま三十から四十へと、無茶な生活を續ければ、いづれ陸なことになりさうもない。

 とは言へ、母親に似、自分を責め、驅り立ててゐるものを、暢氣にしろと言ってみても始まらない。ここはやはり自然に安らぐやう仕向けようと皆で話し合ってゐるのだが、今のところ成果が擧ってゐない。

 日記の次へ、今度は自分の字で、

 一度は疲れるほど働いてみたい 體重も少し増え氣味なのが殘念だから 今度は君のそのコツみたいなのを聞かせてほしい 福子へ

 と書いた。

posted by ゆふづつ at 07:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

さみだれ 十二

 鐵兄は無口で何をしてゐるのかよく分からない。だが今でも福子憧れの人であることに變はりがない。

 芳江姉が亡くなり、雪子母も入院の状態になった時、兄と福子は上ツ谷の祖父母の家に預けられた。兄にとっても事故はショックだったに違ひないのに、優しい兄を通して呉れた。幼い妹を詰ったこともない。

 父は毎日のやうに病院と上ツ谷に顏を出したが、人が變はったやうになり、一體何を考へてゐるのか、よく分からなかった。無理もないことだが、そのうち醉っ拂ひと喧嘩し、怪我を負はせたりした。

 半月ほど勾留されてゐたのは後で知ったが、この間、留守の家を支へたのが、歸笠したマヨサの母娘だった。母は重篤な状態を脱したものの、譫妄状態が續き、退院後も重い後遺症を免れなかった。

posted by ゆふづつ at 06:00| 日記 | 更新情報をチェックする