2011年02月16日

湯殿 八(竟)

 栗が電話を借りてゐる間に表へ出た。まだ明るい空に一面の星が瞬く。まるで二十年前に戻るやうな氣分だが、上田鐵も又神妙な面持ちでゐる。彼もまた自分の義姉、又その實姉に對し、何か複雑な思ひを抱いてゐるやうに見える。

「もう酔ひも冷めたな。もう一度飮み直しだ。家に電話しなくても大丈夫なのかな」
 と聞いてみると、
「大丈夫。いつもこんな勝手をしてゐるから、電話なんかしたら却って怪しまれる」
 と笑ふ。
「晝間は妙な御婦人に絡まれてゐたよね」

「小學と中學の同級生ですよ。まさかセンタアに勤めてゐるとは知らなかった」
「ほぉ、由水小の。しかし町は狹いですが、かう見知らぬ人が多くなると昔馴染みが有り難くなる」
「ところで妙なことを聞きますが」
 と上田は店を見上げた。

「栗さんとウチの妹とは、その後どうなってゐるのでせう」
「その後と言ふと、その前は何かあったのですか」と聞くと上田は顏を赤くし、
「一時は仲が好いやうに見えたのが、その後はプッツリと話を聞かない。忙しすぎてそれどころぢゃないのか、或は陰ぢゃコソコソうまく、その附き合ってゐるのか、その邊のところが分からんのです」と云ふ。

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2011年02月15日

湯殿 七

 小父が奥へ消えたから、「この店も今月で終はりなんださうだ」と呟いてみる。

・・・「君の遲かりし青春もこれで終はりか」と栗が詰まらぬことを歎く。
「あのヲヤヂの仕事、ないのかな」
「ヲヤヂって、今のか」
「さうだよ。この店も賣上と經費がつっかふやうになって、開店麻痺状態なんだとさ」
「そりゃさうだらう。こんな驛前に店出しといてこれはないだらう。これぢゃどこかの博物館の方がましさ」

「さうか博物館からさう云はれちゃお終ひだな。あのヲヤヂには引導を渡しておくよ」
「なんだ、本當に仕事を探してるのか。さうあっさり引導を渡したらかはいさうだな」
「前はこの時刻でも席の半分は塡まってゐたのに、今はこの樣。幸ひ土地建物は自分のなんだから、もう少し頭を切り替へたら好いんだらうけど、あの通りの商賣氣の無さ。そこへこの店を貸せといふ塾があったもんだから踏ん切りがついた」

「今、いくつなんだ」
「見た目は五十から七十ぐらゐかな」
「幅が廣すぎるね。で、希望年収は」
「この店をやってたぐらゐだから聞かない方がいいレベルだな」
「さうか、ぢゃあ知合ひに聞いといてやるよ」
 といふことでお茶を飮み干して出陣となった。
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2011年02月14日

湯殿 六

「いや、ワケといふほどのものは無いけど、君がコロッシアムに來てゐるといふやうな話を聞いたから、誘ってみただけだ。君は本當に行ったことがないのかな」
 と、栗林、疑ひ深い。

「誰から聞いた」
「當人からだよ。晴美さん」
 そんなをかしな話があるかと、大見、上田を睨む。
「念の爲に聞きますが、大見さんにも双子の兄弟がゐますか」
「へぇ、お待ち」
 と漸く飲み物の登場だ。

「しかしこの店は靜か過ぎだね」と栗が苦情を申し立てる。「まるで我々が大騒ぎをしてゐるやうに聞こえる」
「へぇ、もう一人のお客さんなら、もうお歸りで」
 と主人が云ふから大見も口を出して、
「我々は直ぐに退散するから、もう店は閉めていいんですよ」と勘定分の千圓を渡して置いた。

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