2011年02月19日

コロシアム 三

 健作が、「おい、息をしてゐるか確かめろ」と變なことを云ふから、「決まってるだろ。變なこと云ふな」と優作も心配になった。

 膝歩きで近寄った鐵が、「眠ってゐる」
 さうして卓の瓶を取り、振って見せた。空っぽ。いつも店で飮んでゐる燒酎だ。晝間から飮み過ぎ、そのまま寢込んぢまったのか。それにしても呼び鈴が聞こえないとは只の酔ひやうではない。

 取り敢へず窻を閉め、三人して玄關へ戻った。さてどうしたものか。
「本當に大丈夫か」と鐵に確かめると、
「狸寢入りかも知れない。醉拂ったのが決まり惡かったとか」

 なるほど。双子の姉だから性格も似てゐるか。妹の上田芳江にも、さういふ妙に胆の据わった處があった。

 すると、チャリン。門の方が鳴った。眞っ黒な女の影が近づいて來る。三人に氣附くと、はっと立ち止まった。

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2011年02月18日

コロシアム 二

 嵌め殺しに薄明かりが見えるが、呼び鈴を鳴らしても、二度、三度と、應答がない。
 優作、「出かけてゐるのかな」
 上田鐵、戸を少し引いてみると、すっと開いた。
 優作、「やっぱ、ゐるのか」
 健作、呼び鈴を鳴らした。「誰かゐるなら、この音が聞こえない筈がない」

 優作、「彼女は一人暮らしなんだよ。父親が亡くなって、それでこちらへ戻ったんだから」
 三人、戸の内側へ入った。明かりは奥から漏れて來るが、土間からは見えない。
 優作、「ひょっとしたら庭にゐるのかな」

 今度は三人、飛び石を傳ひ、南庭へ出る。暗くてよく見えないが、何か荒れ寂びた氣配だけが分かる。優作が「何だか怖いね」と云ふと、二人も肩を竦めた。カアテンから明かりの溢れる部屋があるので、廣い犬走を傳ひ、そちらへ向かった。ガラス戸をとんとん叩くが、應答が無い。鐵が戸に手を掛けた。

 これまた、スッと開いた。鐵が覗き込み、「寢てゐる」と云ひ、窻を開け切った。「酒臭いぞ」

 さうしてカーテンを寄せてみると、ソハの此方端に女の頭が見えた。仰向けに寢轉がってゐるやうだ。木製の机の上に燒酎の瓶とグラスが置いてあった。
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2011年02月17日

コロシアム 一

 店に着いたとき、もう六時半を過ぎてゐるのに、錠がかかってゐた。
「何だ。休みぢゃないか」
 と健作。さう言はれりゃそんな氣もするが、この前に來た時、ゴルデンヰイクは休まないやうなことを言ってゐた記憶があった。

「でも休みとは書いてない」
「ちょっと見て來ます」
 と鐵が店の裏手、南側へ囘るので、健作に優作も隋いた。直ぐに細い町道へ出る。北側は空き地の間に點々とアパアト、醫院、住宅等が立ち竝んでゐる。南側は木の塀の上に野球グランドのヘンスのやうなものが見える。
「あれが彼女の家の筈」と鐵の指差す一角に、一際大きな屋敷。

 敷地は二百坪程、垣根が少し伸び、古びてはゐるものの、落ち着いたモルタル塗りの整然とした住宅だ。彼女が里子に貰はれた頃からの家だらうか。妹である上田芳江の面影さへ彷彿とし、懷かしい。

 表札はただ里見とあった。青銅の門扉を這入ると直ぐに玄關が見える。何故か息苦しいぐらゐに胸が高鳴った。大見を見上げると、やはり緊張に強ばってゐた。 
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