2011年02月28日

かぜ 二

「明日は笠掛小の五年生が來るんだって」
 と着替への太郎さん。カアテンの向うから尋いた。
「あぁ、そんな話をしてたね、大倉さんが」
 大倉はセンタアの理事、センタア財團事務の統括者として常勤してゐる。

 衞視椅子の岩村兼男が、「及川の芝生で晝飯でも攝られたら、後始末が大變だ」と話に割って入った。岩村太郎とは同姓だが赤の他人であるらしい。「近頃の先生は自由とか放任とか言って優しすぎるからね」

 すると太郎さんの低い聲が、「芝生で晝飯を喰ふって、誰が言ったんだ」と應じた。太郎さんは六十過の嘱託待遇だが、
「いやいや、多分って話ですよ」
 兼男の方はまだ四十前。行く行くは正社員に登用されるらしい。

 しかしそんなことは知らぬ太郎さんも、兼男の出過ぎた口は氣に入らぬやうだ。「多分なんていい加減な話をするな」とカアテンの向うで血が騰ってゐる。二人の入社時期は一月も違はぬが、相性が合はぬものは仕方がない。苦笑ひの兼男に目配せを送って遣る。

 
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2011年02月27日

かぜ 一

 五時の閉門後、急いで衞視室へ戻ると、エアコンの風が心地好い。もう六月に近く、今週は晴天續きで氣温もぐんと上がった。

「今日は結構出てたんべ」
 衞視椅子の岩村太郎が立ち上がりながら云った。
 坂前が、「さうだな。二百人は超えたんぢゃないかな」

 平日の入場者は少なくて百人内外、多い時で三百人以上、といふのが大方の目安だった。これが民間企業ならとうに潰れてゐる。その三百人、飮食物等を含んだ賣上げにして三十萬圓程度。その爲に從業員五十人以上が働いてゐた。

 警備は佐藤といふのが辭め、當分は坂前も含めた五人態勢で賄ふことになる。佐藤は高齡でもあり、センタア事務からもやや不安視する意見があった。他のスタッフとも折合ひが惡かった爲、支社に嘱託を解かれた。お蔭で今夜の宿直も居殘りの岩村兼男と坂前の二人が勤めることになった。



posted by ゆふづつ at 23:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

コロシアム 十(竟)

「コロシアムのママ、どうしてあんな商賣始めたんだらう。東京ぢゃ何をしてゐたのか知らないけど、お水の匂ひはしないんだよねぇ」
「それが不思議なんだ。親は二人とも小學校のセンセだったから、退職金だけでもン千萬は貰った筈。その財産がそっくり殘ったうへ、家まであるんだから、あんなちゃっちい店でチイパッパする必要はないと思ふだよ」

「隱れ彼氏でもゐるのかな」
「それは無い。男っ氣があれば直ぐ目につくし、あんな店を出すわきゃない」
 車は運轉手の斷定と裏腹に迂回し、やうやう及川の橋詰へ出た。及川街道の入口が擴張工事を行ってゐる。やがては隧道が掘られ、刺上にも繋がるらしい。笠掛も愈々發展する道理だ。

 橋の上の歩道に、ちゃうど上田福子の後ろ姿が見えた。辨當箱の入ったカアリバッグを右肩に下げ、手を振る獨特の恰好で歩いてゐる。
「隱れ彼氏でもゐるといいんだけどなァ」
 と鐵が苦笑ひした。
posted by ゆふづつ at 22:00| 日記 | 更新情報をチェックする

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