2011年01月19日

及川 十一

 鑓水の南側は及川丘陵を模したものだらう。二米以上も高くなってゐる。市の塵芥捨て場を工事殘土で埋めたらしく、雨が續くと法面が剥げ、ゴミが露れたりする。その部分に植生マットを張り付けてゐるが、痛々しい傷口のやうに見える。

 しかし本物の及川を擬し、櫻竝木を散歩道が縫ひ、所々に洒落た腰掛け等が据ゑられてゐる。この及川を時計の針と逆に囘り、南側の鐵策に沿ふて往くと、やがてコンサアトホオルとの境界に當る。やや凹んだ土地に作業用の假小屋があり、入り口が開けっ放し。

 中を覗くが誰もゐない。電燈も消えてゐるので薄暗いが、植栽用の器具やら土嚢、肥料袋などが山のやうに積んである。電燈を點け、中を覗き込んでゐると、囁くやうな女の聲。そして奥の物陰から男女の二人組が現れた。

 男は四十前後、女は三十代半ば、入館者名簿にはいづれも市環境課と記されてゐた。
「御苦勞樣です」
 と聲を掛けると、女の方が、
「御苦勞樣です」
 と小さく云ひ、そのまま二人して北へ歩いた。何か怪しげな空氣。見てはならぬものを見たやうな感じ。二人とも學校の先生にしてもいいやうな朴訥な雰圍氣なのが餘計に嫌らしい。
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2011年01月18日

及川 十

「太郎さん、今日は御機嫌斜めのやうだね。血壓の方は大丈夫なんですか」
「今ぁ藥を服んでゐるから大丈夫。けんどここへ來ると血が頭に昇っちまふだよ」
 太郎は顏を赤くしながら云ふ。洒落ごとではない。再び渡邊老人のやうなことになったら大變だ。

「外を囘って來ます」
 坂前は帽子を着け、廊下へ出た。直ぐ脇の通用口から外へ。室内より温い陽氣だ。第一通用門から園内へ拔けると、まだ平日午前なのに入場客がちらほらと見える。アベックらしい若者、老年の夫婦連れ、小さな男の子を肩車した父親らしいのと、いづれも普段着の市民らしい。

 園内は四月から嘘のやうに片附き、まだ竣工しないコンサアトホオルとはネットフェンスで隔てられてゐる。ただ此方の園内にはまだまだ築造豫定の物も多く、白い立て札で「舊笠掛町役場」などと記されてゐる。 
 
 センタアのほぼ中央にある廣場の隅には湧水池が出來る豫定らしく、その工事も始まってゐる。湧き出た水は鑓水となり、園内を縦斷する計畫だと言ふ。
posted by ゆふづつ at 21:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

及川 九

「さういやぁ、こないだも」
 と太郎が云ひ出した。

 最後の退館者が上がったあとの最終巡回は、二人の宿直の内の一人が行ひ、施錠と火氣の確認が主になる。特に火の氣を使ふ廚房と實驗室、喫煙者の多い學藝室が重點箇所になるが、その中の實驗室、
「坩堝用の小さなガスバーナーの火が點きっ放し」

「あぁ日誌に書いてあったやつだな。そのまま事務に出したから、あとは向かうに任せるしかない」
「奴さん、どうも少し醉っ拂ってゐたやうだから、絶對に一杯飮ってたと思ふ」
「そりゃ誰のこと」
「酒巻っていったかなぁ。あのちょっと太った中年の」

 なるほど。坂前にも見當がついた。展示物の製作などを擔當してゐる男だ。
「もしバーナーなど火の氣があったら消しておいていいと、事務からも確認をとってある。電氣加熱器なども、一晩中使ふときは必ず警備に知らせるやう申し入れてある」

「まぁ、どうせこっちのことなんざ考へてもないんだから、灰皿も山のやうになってることがある。なまじヘンなところに捨てられるよりはましだけどなぁ」
 いつもは穩やかな太郎だが、今日は口喧しい。
posted by ゆふづつ at 23:20| 日記 | 更新情報をチェックする