2011年01月22日

及川 十四(竟)

「本當にデエトみたいですねぇ」
 と兼男が調子に乘る。坂前は、
「おいおい、仕事中はどこかに隱しマイクが仕掛けられてゐると思った方がいい」
 と、田ノ岡の受け賣りを云った。渡邊友里も、JS囑託の孫娘だったとは言へ、今はセンタアのA職員。言はば顧客の側に立つ人間だ。

 しかし、「もし本當ならお祖父ちゃんが化けて出るぞ」と冗談に紛らはしたが、實際、壁に耳あり障子に目あり。
「さぁ、そろそろ退散としようか。夕食は何を」と尋ねると、
「さうさう、俺は辨當を作って來たから、兼男さんは」
「僕も買って來ましたよ。この恰好ぢゃ落ち着いて食べれませんから」
 四月から派手な制服に變はった。確かにこの恰好ぢゃ出歩き難いだらう。

「辨當ならアルプスに頼んでもいいんだよ。晝迄に頼めば、三百圓で作ってくれるから」
 アルプスはミウジアムの食堂で、JSが出店してゐる。坂前には懷かしい店だ。表へ出るともう眞っ暗。生臭い空氣が美味しかった。
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2011年01月21日

及川 十三

 ボッとドアの開く氣配がし、
「園内、異常なし」
 と、太郎が戻ったやうだ。今日の宿直、岩村太郎、岩村兼男のコンビは割に相性が好い。まぁなるべく相性のよい組合せで毒を抜いてゐる譯だが、そのうち誰かが衝突して辭めることもあらう。

 人手が足りないのは仕方ないが、餘り頻繁に顏振れが變はるのは困る。センタアも嫌がるし、JSの信用にも關はる。實際、午前中のやうな危ふい場面に遭遇することも多い。二人の蜜月がもし噂にでもなれば、坂前が言ひ觸らしたやうにも受け取られ兼ねない。桑原桑原だ。

「おやっ、今日は早いね」
 と太郎の聲。いやに馴れ馴れしい聲だと、カーテンの隙間から覗くと、事務の渡邊が上がって行く。太郎がわざわざ窓を開けて乘り出し、「今日はデエトかね」と詰まらない冷やかしを云ふ。渡邊友里は後ろ手を振って逃れた。

 A職員はほとんど五時半までに上がるが、この娘だけは七時前後まで殘ることが多い。それもさうだらう。ミウジアムショップの擔當は二人ゐるが、もう一人は主婦だから早々に歸る。自然、若く獨身の渡邊が殘されるといふ次第だ。A職員の給料は時給で、しかも殘業はつかないといふのに。
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2011年01月20日

及川 十二

 しかしかう何もないのも退屈なもので、勤務表を作ったり、ドライエリアに蒲團を干したりと、やうやく午後五時の閉園時刻を迎へた。

 とは言へ、日直の坂前も直ぐに歸れる譯ではない。五時前に宿直の二名は揃ふが、一名はミウジアム本館の、もう一名は園内の施錠と見廻りに出る。これに案外の時間がかかるし、センタア勤務者の殆どは五時半迄に上がるから、それが一段落するまで待つ必要があった。

 もう夕空に星がポツポツと見え出し、無性に酒が戀ひしくなる。この空きっ腹に一杯、ごくりと行きたい。ツマミは湯豆腐が欲しい、などと考へてゐると、やうやく館内巡回の岩村兼男が戻った。

「館内施錠、終はりました。在館者、事務四名認め、他異常ありませんでした」
「御苦勞さま」
 坂前は待ってましたとカーテンの内へ這入り、歸り支度を。

 兼男は髪が薄い所爲か更けて見えるが、まだ四十前。信州の出身らしく、今は近くのアパアトで一人暮らし。他にも何か内職のやうなアルバイトをしてゐるらしい。
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