2011年01月28日

小野 六

 山と盛られたお燒きが無くなった頃、
「夏になったら、中國へ行って來ようと思ふ」
 と藤サが云ひ出した。
「母さんも一緒に」
 美代子が聞くと、藤サは頷いた。

 中國行きは隨分前から計畫があったが、雪子母の急死で沙汰止みになった。それから十年近くが經ち、藤サもやうやく訪れる氣になったやうだ。昔の滿洲の地。そこで藤サの戰後が始まり、今に繋がってゐる。還暦を過ぎた藤サにとって、一度は清算して置きたい處なのだらう。

「そりゃあ、いい。母さんとは新婚旅行にも行ってゐないんだからね。どうせ行くならひと月でもふた月でも、ごゆっくりと」
 と鐵。
「そんなに長く行けるか。しかしまァ、餘り急がずにゆっくりとさせて貰ふよ」
 藤サにすれば、これまで苦勞の掛け通しであった妻マヨサに對する勞ひ旅にもならう。

「しかし、もう一つ。福子にも、秋までには何とかなって貰ひたいものだな」
 と藤サは歎息を吐く。
「まだ二十七ですよ、福子は」
「あの栗林といふ男はどうなってゐるんだ」
 なるほど。藤サは彼に目をつけてゐる。センタアの栗林優作なら、大倉廣見も認めてゐる。誰にも異存はなささうであった。
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2011年01月27日

小野 五

 上ツ谷の家は結局、誰も住まないだらう、それなら次男の龜が住めば好いといふ話になった。
「お前は醫者になって、あの家で大祖父ちゃんみたいに診察をすればいいんだよ」
 と長男の禮が云ふ。

 この禮は父親に似て餘り成績が芳しくないが、龜の方は誰に似たのか成績が宜しい。二人とも、とうに亡くなった大祖父を知りもしないが、よく話に上るこの大祖父は賢い代名詞のやうになってゐた。
「でも何で小母ちゃんは醫者にならなかったんだらう」
 と龜が聞く。小母ちゃんとは福子のこと。

 食卓の沈默に、三惠が、
「小母ちゃんは髭がないよ」
 と云ひ、みんな大笑ひした。三惠にとって、醫者とは髭を生やした若い頃の清吉一人しかゐない。
 
 福子が醫科大學を退めたのは、母親の雪子が亡くなった直ぐ後。もともと醫學部での勉強には向かなかったやうであり、そこに母親を失った痛手が追ひ打ちをかけたやうだ。退めた後も東京で一人暮らしをしてゐたが、大倉廣見などの勸めもあり、郷里へ歸って市役所に勤め出した。
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2011年01月26日

小野 四

「ところであの上ツ谷の家はどうするんですか」
 と鐵は聞いてみた。亡くなった雪子母の育った家は、もう雪子の母の順子も亡くなり、法律上は福子と藤三郎の所有になってゐる。

 藤三郎はいづれ福子に繼がせる爲に取っておき、今は知人に使用貸しをしたりしてゐる。しかし既に老朽化が進み、リホルムするなり建て直すなり、何らかの措置が必要になって來た。

 藤サは少し考へ、
「福子がその内に何とかするだらう」
 と云ふ。何とかと言っても、その福子が何もしないから困ってゐるのではないか。あぁあと、食卓一同から溜息のやうなものが漏れる。

「あの家、藥くさい」
 と末の子の三惠が笑ふ。 
「くさかないぞ。そのうちにおいらが住む」
 と長男の禮。次男の龜は黙々と箸を口に運ぶ。それぞれ九つ、七つ、四つで、全く人柄が違ふ。區別して育てたつもりは無いが、生き物とは面白いものだ。
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