2011年01月31日

小野 九

 ここは四月の始め、オウプンの頃に皆で來たのに、當の福子と會ふことが出來ず、しかも案外な混み具合だったので、見物は再の機會に延ばすことにした。しかし今日も亦、一層の人出で、入場券賣場には四五人が竝んでゐた。

 石疊の道を傅ひ、園内を歩いて見る。建物も造園も立派なものだが、思ったよりは狹い感じがする。南に及川丘陵を望み、この邊りに小學校があった筈だがと見囘すと、左の傍らに石のモヌメントのやうなものがあった。「由水小學校跡地」と刻まれてゐるが、何の説明もない。

 ここもまた靜かな時が流れてゐる。鐵は或は何かが自分をここまで引いて來たのではないかと思った。遙か上空で鳶のピイといふ啼き聲が響いた。烏が二羽、鳶と弧を描いてゐる。空は拔けるやうな青さだ。

 突き當りの土手に川が流れてゐる。砂利の上に水を流す鑓水を本物の由水川に眞似て作ってゐる。現に河縁を散策する親子連れのやうなのもゐる。南側も岡のつもりだらう。人の背よりも高くなってゐる。川上はと見ると二人、中年の男が屈み込んでゐた。
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2011年01月30日

小野 八

 及川の橋を渡り、天端のサイクリングロードへ上がる。ゴオルデンヰイクとあって、ランニングのおぢさんや自轉車に乘った子供達が見える。河川敷も一面が緑に染まり、その中をしづかな白い絲が猶預ふてゐる。

 足はその白い絲を辿りながら、自づと川上へ遡った。やがて新しい由水小學校のヘンスと校庭、三階建の校舎が見える。そのヘンスの盡きた邊りは昔の野原だったが、今は音樂堂が出來るとかで、巨大なテント樣の工事シイトが張られてゐる。

 二十年近く前のあの日から、この邊りだけは時間の進みが遲いやうで、景色が一變してゐるにも關はらず、まだ當時の時間と空氣が猶預ふてゐる。福子がわざわざこんな場所で働いてゐるのも、やはり偶然ではあるまい。彼女の心もまたこの邊りに猶預ふてゐるのは間違ひがあるまい。

 そのサアカス小屋のやうなテントを左に見ながら、新しい市道に沿って行くと、やがて市の文化センタアの正門に着いた。御影石の大きな建物があり、嚴しい鐵冊に圍まれてゐる。
posted by ゆふづつ at 22:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月29日

小野 七

 晝食後は美代子も畑仕事へ出た。鐵は町へ用事があると言ひ置き、及川の橋の方へ散歩に出た。緑のそよ風が八重櫻を揺らしてゐる。何か耳の底に低い音がぶぅんと鳴ってゐる。

 美津枝や久代、邊サに芳江、そして雪子と、鐵を暖かく守り育んでくれた人々がゐない。この寂しい世界の底で鳴る低い音だ。やがては藤サや瑶代母も先に往くのだらうか。鐵より一つ上の美代子だって先に往くかも知れない。

 そんな凄まじい世界が突然にやって來る。その恐怖感のやうなものが、常に鐵を迫き立ててゐた。眼下に河川敷が見え、その向かうに市の文化センタアが廣がる。その西端はつい數年前まで鐵達が住んでゐた土地だ。

 父藤サはその土地を小野の市有地と交換し、湯水下の家はごっそりと小野に移築してしまった。今は舊宅の跡が記念碑のやうに鎭まってゐる。それを見下ろすと、自分の標本屍體を見るやうな、懷かしく、痒く、切ない、妙な心地がする。

posted by ゆふづつ at 22:00| 日記 | 更新情報をチェックする

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