2010年12月31日

鳰 四

 午後、センタアの管理を委託してゐるJSビルサアビスの田ノ岡笠掛支社長が顏を見せた。丁度好い。亡くなった渡邊の後任の件もあり、センタアオウプンを控へた打合せの必要もあった。

 型通りの挨拶の後、田ノ岡を館外へ誘ひ出し、見囘りを兼ねた話になった。園内はまだ突貫工事の最中、あちこちに資材や機材、プレハブの宿舎が立て込んでゐる。

「しかし渡邊老人のやうな方の補充は難しいのでせうね。正直言って、事務のみんなも、渡邊さんが亡くなったのがショックです。まぁ警備については、色々無理をお願ひしてゐるので、こちらとしては頭を下げる外はありませんが」

 センタアはJSに設備の管理から輕金庫以外の鍵まで全てを預けてゐるのだから、いはばこの男に金玉を握られてゐるやうなもの。互ひの信頼關係がなければやって行けない。

「さう言って戴けると、彼も歡ぶでせう。警備の補充については、なるべく早く致します。三月中は日直二人、宿直二人、但し宿直については、補充の人員が就く迄、設備の人員を適宜流用するといふことでご了解を戴きたい。センタアには貴重な文化財が澤山あるのですから、もし事故でも起これば金錢の補償で濟む話ではありません」
 
 田ノ岡は元警部とも思へぬスマートな背廣姿。爽やかな微笑を浮かべた。

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2010年12月29日

鳰 三

 翌日は事務長も出勤した。晝から例の東京での葬儀に出る豫定であったのを中止したらしい。やはり豫定が立て込んでをり、通夜に續いての參列は無理なのだらう。

 口にこそ出さないが、瀧瀬や大河原は事務長と渡邊老人の關係をよく知らず、この忙しいのに何を、と思ってゐるかも知れない。

 栗林とて詳細を知る譯ではないが、もう隨分と前に亡くなった渡邊の弟が、上田福子の父親の事業仲間、といふよりは父親の腹心のやうな存在であり、上田家にも親しく出入りしてゐた。

 上田藤三郎は最初の妻を亡くしたあと、直ぐに後妻を娶った。娶ってから三ヶ月程で生まれた娘が上田福子なのだ。當然、前の妻が病床中に出來てゐた譯で、これが藤三郎の評判を落とした。が、藤三郎は何故か町議へと駒を進め、それまでの事業から手を引いた。
 
 彼が根強い悪評にも關はらず町議にトップ當選したのは、今のセンタア事務長の大倉廣見を初めとした有力な支持者が少なくなかったこと、また市立病院の建設に私財を投げ打つなど、その功績が認められたからだらう。

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2010年12月28日

鳰 二

 センタアの事務は月曜が定休、その他に一日公休を取ることになってゐるが、昨日の今日でもう公休どころではない。今日はエイキャンこと瀧瀬隆三が公休を返上した。やはりもう一人、事務のアシスタントが必要ではないか。

 さう思ひながら、斜め右にゐる上田福子の顏を拜むが、通してくれさうもない。引っ詰め髪も憐れに、電光石火、右手が電卓を叩いてゐる。事務長を動かせば増員も可能だらうが、彼女の苦勞を増やす譯にも行くまい。誰か病氣で倒れないことを祈るばかり。

 栗林は受話器を取り、大見健作に電話を入れた。物心つく前からの親友だが、畫家、彫刻家としてヨオロッパに遊學、最近は笠掛に戻り、新進作家として注目を浴びてゐる。センタアは彼に市民廣場の屋外彫刻を依頼してゐた。

 その製作状況を見る爲、近い内に會ふ約束をしてゐたのだが、
「おぉ、ケンちゃんか。仕事の方はどうだ。捗ってゐるかなと思って」
「あァ、一度見に來てほしい。お前には見て貰ひたいんだ」
「實は明日なァ、こっちで事故があって、行けなくなった」

「知っとるぞ。救急車が出たって、妹も騷いどった。それよりお前も、忙しいから氣をつけろ。もう無理は利かない體だろ。早く嫁をもらへ」
「そっくりそのまま、お返ししてやるよ。ぢゃ、忙しいからな、切るぞ。そのうちに又」
 やはり幼馴染は好い。疲れが消し飛んだやうに晴れた。

posted by ゆふづつ at 20:57| 日記 | 更新情報をチェックする