2010年11月21日

あかつき 十(竟)

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 それからひと月と十數日は、もはや思ひ出すのも厭なほど辛いことが續いた。いま健作に死病が訪れたら、さぞかし救はれるだらうと、罰當りなことも考へたほどだ。その凍えるやうな冬が過ぎ、やうやく今春を迎へたのに、この塞がったやうな胸は、もう晴れることがないとさへ思へる。

「おおい、かっちゃん」と、思ひがけない聲のする方を仰ぐと、優作が橋の袂に腰掛けてゐた。手にしてゐる竹刀を肩に掛け、颯爽と近づいて來る。
「おぉ、何してる」
「待ってたんだよ。君が歩いて來るのが見えたから」
「まだ學校があるのか」
「これの稽古だ」と、竹刀を左手で叩く。「で、どうなんだ、川練の方は。君のことだから、旨くやってるとは思ふけど」

「何を旨くやるんだい」
 健作は笑った。優作も慰め方に惱ましい。
「はは。それよりも、御堂橋、今日は行かないのか」
 しかし御堂橋も先月、數日泊まったのが最後。やはり父親の思ひ出が染み附いてをり、餘計に氣が萎えるのだ。

 二人は一緒に歩き出した。
「四月から入寮が決まったよ」
「さうらしいなァ。さっき電話で聞いた」
 寂しくなった湯地の家には、母の十も年上の姉が身を寄せ、今は一緒に暮らしてゐる。この伯母は戰爭で夫を亡くし、子もゐない。そのうち自宅も人に貸し、湯地の家に居つくつもりのやうだ。お蔭で健作も入寮が出來、少しは氣が樂になった。

posted by ゆふづつ at 21:56| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年11月20日

あかつき 九

 川岸で子供が遊んでゐる。健作は氣にも止めず、そのまま歩いたが、「こーっ、こーっ」といふ叫び聲のやうなものが聽こえた。緊迫した女の高い聲だ。再び川岸を見下ろすが、今度は何も見えない。

 再び歩き出したが、明らかにただごとではない悲鳴が氣になり、胸が躍るやうに搏った。再び川の見下ろせる處まで戻り、岸邊を見渡すが、やはり何もない。小さな人影に見えたのは何だったのか。樹の間に目を凝らすが、何も見つからない。

 由水川は水量の幅が大きく、雨が降れば急に水量が増える。健作の伯父も三歳で夭折してゐる。厠へ行くと言ひ、出て行ったまま歸らなかった。遺骸は川の澱みに浮かんでゐた。流れの早い淺瀬の先に深みがあり、そこが落とし穴になった。背が立つほどの緩やかな瀬が、泳ぎ達者の大人まで呑み込んでしまふ。川はカッパとも言ひ、人を引き摺り込むのだ。

 別荘へ着き、暗くなった頃、警官が來た。二時半過ぎ、由水小學校から由水下近邊で、二人が行方不明、一人は發見したが、もう一人がまだ見つからないと言ふ。川に流された可能性が強いが、もし心當たりがあれば知らせろと。

 先程の悲鳴がそれだったのは間違ひがあるまい。しかしその行方不明人の名はと聞くと、縣立豐川高校一年生、上田芳江、十五歳、との返事が來た。

posted by ゆふづつ at 16:17| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年11月19日

あかつき 八

 湯殿の市街へ入ると、裸の櫻竝木、昔風の藏町だの、大きな門構への長者屋敷などが寒々しい。空っぽの腹が疼き、道端の泥でも喰らひたいやうな氣分になる。これでもまだ生きてゐる證憑だ。健作はポケットの十圓玉二枚を確かめ、菓子屋のガラス戸を引いた。

 クリイムパン1ヶ、お釣り五圓。しかし父の鬱に拍車を掛けたのは、やはりあの町の文化祭の日の出來事だった。あの事故は、既に退職し、薄明の日々を送ってゐる父を死に追ひ遣った。健作はほろ苦いパンを口に入れた。

 あの晝下がり、健作は御堂橋へ向かってゐた。胸には上田芳江から送られた音樂會の招待券があったが、會場のある小學校が混雑してゐた爲、敬遠し、對岸の丘陵から御堂橋へ囘った。翌日も日曜だった爲、そのまま別荘に泊まるつもりだった。

 及川の丘陵は舖裝もない山道で、ただ花見のシイズンだけ人が訪れる。お門の方が忠魂六士と共に落ち延びた道とも言はれ、健作にはお似合ひの散歩道だ。砂利道を登ったり下ったり、雨模樣の生温い日で、少し汗をかいた。右方の木の間に川岸。そこに小さな人影が見えた。

posted by ゆふづつ at 21:17| 日記 | 更新情報をチェックする