2010年11月24日

まど 三

 センタアへは車で向かった。街道は竝木が植ゑられ、昔の田舎びた雰圍氣は消えてゐた。變はらないのは三十年前の思ひ出と二月の冷たい空氣だけ。町の顏や人の心さへも違って見える。
「この册の向かうが全部センタアの敷地だよ」

 右手、昔は廣々と畑や草地が廣がってゐたが、今は黒い鐵柵の向かうがビニイルシイトで覆はれてゐた。文化センタアといふのは博物館やら公園、コンサートホオルのやうなものと聞いたが、まだその殆どが建造中のやうであった。
「下はタダのゴミ捨て場だがな」
 田ノ岡は苦笑ひした。市は由水下の湿地帶を廢棄物と塵芥で埋め立て、ブルトーザーで均したのだと言ふ。

「センタアのメンテはすべてウチが請け負ってゐる。清掃だけぢゃなく、設備や警備も全てだ」
 立派な門の内側は三百坪ほどの駐車場。建物は大きく立派だが、窗の無い倉庫のやうに見える。迷路のやうな狭いスロープと石段を上がり、通用口へ。

「總括主任には設備の専門家を置いてゐる」
 ここはやはり博物館だった。通路に沿って學藝員室、収藏室。階段を降りて地下二階、機械室まで降りた。

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2010年11月23日

まど 二

 營業所は歩いて數分の處。舊大倉邸の跡地で、昔は上田藤三郎のKKといふ商社の建物があったが、今はどうだらうと、樣變はりした町を歩いて行くと、建物はそのまま、今は貸しビルのやうになってゐた。左側の階段を三階まで愼重に上がる。昔風の急な階段で、また轉びでもしたらと思ふと怖い。

 入り口ドアのに目當ての表札が見えた。今度の仕事には仔細があるらしく、詳しくは會ってから話さうと、電話での話は他事に取り紛れてしまった。坂前も何やら久し振りの緊張に喉が乾き、輕く咳拂ひしてから、「御用の方は、どうぞお入り下さい」と紙の貼られた鉄製の戸を開けた。

 直ぐに奥の田ノ岡と目が合ひ、本人が上着を取って出て來た。他には事務員のやうな中年の女がゐるだけ、十幾つも列んだ机には誰もゐない。
「ぢゃあセンタアへ言って來る」
 田ノ岡は事務員へ言ひ殘すと、
「やぁ、遠いところを濟まないね。腰の方は大丈夫か」
 と、階段を降りる。

 その後に尾いて、
「はい、普通の仕事なら何とか」
「さうか。お前さんの腰を痛めると、敏子に叱られるからな」
 敏子は田ノ岡の妹、坂前の妻で、今は坂前の母親と二人で留守番をしてゐる。

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2010年11月22日

まど 一

 昔と殆ど變はらない笠掛中央驛の石段を上がると、しかしそこは別世界のやうになってゐた。妻の實家のある隣町まではよく來てゐるのだが、ここは物寂しかった驛前が廣いバスターミナルになり、小奇麗な商店やらオフイスビルが目白押しに竝ぶ。まだ晝前だといふのに、買物の主婦やらサラリーマンの背廣姿が行き交ってゐる。

 坂前がこの町を離れたのは三十年以上も前の話、改めて過ぎた歳月の長さを思ひ知った。その後は數年置きに轉勤を繰り返したが、義兄である田ノ岡警部の下にゐたこの町がやはり懷かしく、轉勤後に一度も來なかったのは、いつかかうして來るのを樂しみにしてゐたからだ、とさへ言へる。

 昨年の春、坂前の所屬する刑事課で窃盗犯の逮捕が行はれた。その際、坂前は不覺にも金屬製の階段に足を滑らせ、腰を強打して一月の入院を餘儀なくされた。幸ひ逮捕は完遂したものの、ベテランにあるまじき失態で、慢性の腰痛が遺ったこともあり、定年を前に三十年の職歴にピリオドを打った。

 半年ほどリハビリを兼ねて遊んでゐたところへ、妻の兄の田ノ岡が仕事を世話してくれると言ふ。この義兄は本部へ轉勤後に内勤となり、定年後はビルメンテ會社の業務取締役。さう大きな會社ではないが、笠掛に營業所があり、その所長を兼務してゐた。

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