2010年11月27日

まど 六

 館内を一廻りし、守衞室へ入った。六疊ほどの廣さ、二段ベッド、カーテンの陰にロッカーも見えるが、人氣は無い。壁の時計が十二時、もう正午を指してゐた。中馬は電燈を點け、
「僕は設備室へ戻らなきゃいけないんで」
 と、地下へ歸った。

 幅二米、縦五十糎ほどの衞視窗があり、ガラス戸越しに外が見渡せる。坂前は椅子を引き、窗の前に座った。なるほど、ここが新しい職場か。左手のフェンスの向かうに林が見え、枯れ枝が風に煽られてゐる。まるで一幅の繪でも觀るやうだ。

 中馬によると、
「どうですか。まだこんな具合で、警備は館内だけなのですが、夕方の五時前に入って、翌朝の九時過ぎまで、定時巡回は夕刻に一回、あとは職員退館時と、朝の七時前だけ。時刻は特に決めてゐません。出勤日は御希望にお任せします」
 といふことだ。

 警備の人間は何人ゐるのか、と尋くと、
「まだゐません」
 と笑った。警備は夜間だけ、とても正社員を置くだけの受託料は貰ってゐない。設備や清掃の仕事を円滑にする爲、赤字覺悟で警備を受託したのだと言ふ。

 だから今までは中馬や設備の若い者が交替で泊まってゐた。館内は機械警備システムが施されてをり、設備員の宿直と警備の宿直で都合二名、それで充分だとの判斷らしい。確かに左手の壁に警備の操作盤があった。館内に侵入者があると、センサーが感知し、この受信盤に通報される仕組みだ。電話囘線を用ゐ、外部に自働通報することも出來る。

posted by ゆふづつ at 21:56| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年11月26日

まど 五

 二階は博物館の展示室で、コの字型に巡るやうになってゐる。中馬がキイボックスを開け、照明を點けてくれた。
「いいのですか。一人、それも只で觀るのは氣が咎めますが」
「我々には、これが仕事ですから」
 確かに。ここは坂前の仕事場になるかも知れない。否、義兄の田ノ岡が勸めるからには、斷る理由はなささうであった。

 展示室は郷土の歴史館といった鹽梅で、繩文時代の遺跡から現代の笠掛市の誕生まで、一通り見渡せるやうに出來てゐた。市内を縮尺して再現した立體模型があり、笠掛盆地がやや曲がった茄子のやうな形をしてゐるのが分かる。元は隆起した臺地の裂け目、溪谷に過ぎなかったものが、流れ込む水の運んだ土砂に埋まり、今のやうに緩やかな傾斜地になったのであらう。坂前は今、その茄子の蔕の傍にゐる譯であった。

「このクイズ、面白いですよ」と中馬がパネルを指した。
「あなたは笠掛を落ち延びるか」とあり、その前にスタートボタンがある。坂前は、「私は落ちるのは得意ですよ」とボタンを押してみる。すると立體模型の笠掛城の邊が電光点滅を始めた。電光はやがて西へ進み、御堂橋の邊りでスピイカの合成音、「あなたは太ヶ谷へ進みますか。それとも御堂橋を渡りますか」

「太ヶ谷や聖田は危ないなァ。もう直き追っ手の捜索がかかる筈だ。まづは橋を渡って」と、史實通り、及川の丘陵沿ひに東へ逃げてみる。ここなら人目にもつかず、萬が一追っ手が來ても、下は由水川、右手は延々と山竝だ。逃げ場には事缺かない。

「しかし、いくら逃げても豐臣の世の中。助かる見込みはないのにねぇ」
 坂前がぼやくと、
「それは結果論。實際は分かりませんよ。太閤さんがぽっくり行けば、世の中、どう動くか」
 中馬の笑ひ聲に、坂前もつられた。

posted by ゆふづつ at 20:31| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年11月25日

まど 四

 空調機の音が響く中を、燈りの點いた控へ室へ。
「こちらが坂前だ。總括主任の中馬」
 田ノ岡が紹介すると、中馬は讀んでゐた本を机上に伏せ、立って會釋した。愛嬌のある、まだ若い男だ。黒縁の眼鏡を掛けてゐる。

「君は坂前に案内してやってくれ。私は事務長に挨拶して來る。一渡り囘ったら、守衞室へ」
 田ノ岡は一足先に出た。中馬も、
「さて、どこから囘りませうか。尤も外はまだ工事中で危ないですから、館内だけですが」
 降りて來た道を辿り、地下一階へ上がる。

「この階は」
 と尋ねると、
「清掃員の控へ室、用具庫、宿直室、それからコンサアトホオルの奈落や稽古場。結構廣いですよ」
 なるほど、博物館だけぢゃなく、コンサアトホオルまで一緒なのだ。 

「センタアの開業はいつからですか」
「この博物館は四月から、コンサアトホオルは七月から、の豫定です」
「ほぉ、四月」
 地上一階へ上がるが、まだ各所が工事中の樣子だ。エントランスホオルに大きなダンボオル箱が山積みされてゐるし、ガラス壁の向かうは假設住宅やら巨大重機。廣大な敷地が恰も玩具箱を引っ繰り返したやうに見える。

posted by ゆふづつ at 21:04| 日記 | 更新情報をチェックする